5. ネコ目(食肉目)

 今回の調査では食肉類5科22種を調査対象とし,このうち20種の分布情報か寄
られた.情報が得られなかったのはカニクイアライグマとラッコの2種である.


(1) クマ科

 日本には,北海道にヒグマが,本州,四国,九州にツキノワグマが分布する.
両種の全国的な分布状況については,環境庁(1979)の調査結果に詳細が示され
ている.また,ヒグマについてはその後,北海道自然保護課(1986)による調査
が行われている.
 今回の調査では,ヒグマの情報は北海道の全域から得られており,地域個体群
の隔離状況を含め,従来の結果に一致する.
 ツキノワグマについても,従来知られていた分布範囲(環境庁,1979)におお
むね一致する結果が得られた.本種が絶滅あるいはほぼ絶滅状態とされる四国,
九州からも情報があり,今後これらの地域でのさらに詳しい調査が望まれる.

(2) アライグマ科

 日本では,アライグマ(北米産)とカニクイアライグマ(中南米産)の2種が
野生化しているとの情報があるが,今回の調査ではアライグマのみの情報が得ら
れた.前回調査で報告された分布地は1カ所だけであったが,今回,野外での確
認記録は北海道,本州の広い範囲にみられ,きわめてまばらではあるか分布域を
ほぼ示していると考えられる.ただし,上記2種の混同があると思われ,また他
地域にも生息する可能性があり,これらの点について今後の調査が必要である.

(3) イヌ科

 日本には,在来種であるタヌキ,キツネ,及び野生化したイヌ(ノイヌ)が生
息する.このうちタヌキとキツネの分布状況は,環境庁(1979)により明らかに
されている.
 タヌキは,北海道,本州,四国,九州,周辺島嶼では奥尻島,佐渡,知夫里島
(隠岐諸島),淡路島,小豆島をはじめとする瀬戸内海のいくつかの島々,壱岐,
甑列島,天草上島・下島等に生息する.このうち,奥尻,知夫里の両島には移入
されたことが知られている.今回の調査では,前回より大幅に情報が増え,環境
庁調査(1979)で明らかにされたのとほぼ同様の分布パターンが示されているが,
奥尻,甑列島からの情報を欠いている.
 キツネは,北海道,本州,四国,九州,淡路島に生息する.以前は礼文島にも
みられたが,現在では絶滅している.前回に比べて情報が大幅に増えた今回の調
査では,タヌキの場合同様,分布パターンは環境庁調査(1979)の結果におおむ
ね一致するが,淡路島の情報を欠いている.
 ノイヌの分布情報は北海道から沖縄まで,一部の島嶼も含め全国にわたって得
られた.分布状況をほぼ反映していると思われるが,今回確認されなかった島嶼
部でも野生化している可能性があるため,これらの地域についての調査か必要で
ある.

(4) イタチ科

 日本には10種のイタチ科動物がみられる.このうち,ラッコを除く9種につい
ての情報が寄せられた.
 テンは,本州,四国,九州,淡路島,対馬に分布することが知られている.ま
た明治時代,北海道に移入されている.また,佐渡へも移入が行われている(今
泉,1986).今回の調査では,これらの地域から情報が得られ,現状をほぼ反映
しているものと思われる.北海道の分布は道央以南に限られるとされる ( 大泰司
・中川,1988)ので,それ以外の地域からの情報は分布の拡大を示すものと思わ
れるが,クロテンとの混同による可能性もある.
 クロテンは国内では北海道のみに生息する.本種は北海道の全域に分布すると
されるが,今回得られた情報はまだ多少まばらである.
 チョウセンイタチは,対馬にのみ自然分布し,本土にみられるものは移入個体
である.今回の調査では本州の関東以西,四国,九州を中心に情報が得られてい
るが,これまで生息しないとされてきた本州中部以北にも情報がある.これらは
イタチとの混同がなかったか確認が必要である.また,他に五島列島にも情報が
あるが,同様に確認が必要である.
 イタチは,本州,四国,九州,伊豆大島,淡路島,小豆島,壱岐,五島列島,
大隅諸島に自然分布することが知られている.また,今泉(1986)によれば佐渡
隠岐にも分布するとされる.この他,本種はネズミ駆除のために各地に放獣され
てきた(表2-1).今回の調査結果をみると,上記の自然分布地域全てで確認
されている他に,移入記録がある北海道,利尻島,八丈島,喜界島,沖永良部島,
宮古島に加え,甑列島からも分布情報が得られた.北海道におけるイタチの分布
については北海道自然保護課(1985)による調査があり,北海道の低地のほぼ全
域に分布する他,利尻・礼文の両島にもみられることが分かっているが,今回の
調査では礼文島からの情報を欠いている.甑列島については,過去に移入された
可能性もあり,この点についての確認が必要である.また,移入記録はあるが今
回生息が確認されなかった島嶼についての調査も必要である.

表 2-1 イタチが移入された主な地域(()内は西暦,今泉,1986による)

北海道 利尻島(33),礼文島(40),奥尻(48),焼尻島(50),
大雪山(61)
東京都 八丈島(59),三宅島(75)
鹿児島県 トカラ列島(20),喜界島(42),沖永良部島(49),
奄美大島・徳之島(54),与論島(56)
沖縄県 座間味島・阿嘉島(57),石垣島・西表島・北大東島(65)
南大東島・伊江島・伊良部島・下地島(66),
宮古島・沖永良部島(67)

 イイズナは北海道と本州北部(青森,岩手,山形)に分布することが知られて
いる(今泉,1960).今回の調査では,情報がまばらであり1986年以降のものが
少ないが,北海道については全域に広く分布するという従来の知見と一致する.
本州では,青森県下北半島だけから情報が得られ,他地域からの確認がなく,さ
らに情報収集の努力が必要である.
 オコジョは北海道と本州中部以北に分布する.北海道では,以前は平地にもみ
られたが,移入されたニホンイタチとの競合の結果,明治以降急減し,現在では
山岳上部の森林限界上にのみ生息すると考えられている(大泰司・中川,1988).
今回の調査結果は,本種のおおまかな分布状況を示しているが,奥羽山脈主要部,
越後山脈,関東山地など既知の産地(今泉,1960)からの情報を欠いている.
 ミンクは北海道において飼育場から逃げだしたものが野生化している.本種の
分布状況については北海道自然保護課(1985)の調査があり,北海道の低地のほ
ぼ全域および利尻島に生息することが分かっている.今回の調査では,既知の分
布地域に加え,奥尻島からも情報が得られている.
 アナグマは本州,四国,九州,小豆島に分布する.本種の全国的分布状況につ
いては環境庁(1979)による調査で明らかにされている.今回の調査結果はこれ
にほぼ一致するが,小豆島からの情報を欠いている.
 カワウソの分布情報は今回,高知県南西部から得られ,これは従来の知見と一
致する.
 ラッコは調査対象種に含まれているが,今回の調査では分布情報が得られなか
った.本種は近年,北海道東部沿岸でしばしば目撃されている(大泰司・中川,
1988).

(5) ジャコウネコ科

 日本にはジャコウネコ科動物としてハクビシンとインドマングース(種名には
疑義がある)の2種が生息する.マングースは沖縄諸島に移入されたことが明ら
かであるが,ハクピシンについては日本に移入されたものか否か両論がある.
 ハクビシンは,1950年代には東北地方南部,関東・中部地方南部のいずれも太
平洋側,および四国にそれぞれ隔絶した分布域がみられた(今泉,1960)が,近
年は分布域が拡大しているとされる.今回の調査では,4大島のほぼ全域から情
報が得られ,とくに東北地方南部から中部地方まで分布が連続し,日本海側にも
分布が及んでいること,四国でも全域に分布していることが示されている,なお
今回の調査では確認されなかったが,北海道では奥尻島にも生息情報がある.
 マングースの分布情報は沖縄本島からのみ得られているが,奄美大島でも定着
していることが知られている(阿部ら,1991).なお,阿部ら(1991)は,奄美
大島で野生化している種はジャワマングースの可能性が高く,沖縄本島のものも
同種ではないかと指摘している.

(6) ネコ科

 日本に分布するネコ科動物には,在来種であるイリオモテヤマネコとツシマヤ
マネコ,及び野生化したノネコがある.
 イリオモテヤマネコは沖縄県西表島の固有種であり,今回の調査でも西表島か
らのみ分布情報が得られている.
 ツシマヤマネコは国内では対馬にのみ分布する.本種は日本野生生物研究セン
ター(1988)の調査によれば,個体数はきわめて少ないものの長崎県対馬の上島,
 島ともに生息していることが分かっており,今回の調査でもこれが確認された.
 ノネコの分布情報は北海道から沖縄まで,一部の島嶼も含め全国にわたって得
られた.分布状況をほぼ反映していると思われるが,今回確認されなかった島嶼部
でも野生化している可能性があるため,これらの地域についての調査が必要で
ある.
                                       ( 阿部 學 )


                  引用文献

阿部慎太郎・高槻義隆・半田ゆかり・和秀雄、1991.奄美大島におけるマングー
     スの定着.哺乳類科学81:23-36.
北海道自然保護課、1985.野生動物分布等実態調査報告書,野生化ミンク.
     115PP.
北海道自然保護課、1986.野生動物分布等実態調査報告書,ヒグマ・エゾシカア
      ンケート調査報告書.115pp.
哺乳類分布調査科研グループ、1979.カモシカ・シカ・ヒグマ・ツキノワグマ・
      ニホンザル・イノシシの全国的生息分布ならびに被害分布.生物科学,
     31:96-112.
今泉忠明、1986.イタチとテン.自由国民社,126pp.
今泉吉典、1960.原色日本哺乳類図鑑.保育社,196pp.
環境庁、1979.第2回自然環境保全基礎調査,動物分布調査報告書(哺乳類),
     全国版、91pp.
日本野生生物研究センター、1988.ツシマヤマネコ生息環境等調査報告書.
     106pp.
大泰司紀之・中川元(編著)、1988.知床の動物,原生的自然環境下の脊椎動物
     群集とその保護.北海道大学図書刊行会,894pp.