≪各論≫

1.モグラ目(食虫目)
 
日本では18種の食虫類が記録されており、それぞれについて分布情報が寄
せられた。なお、第4回調査の情報は第3回調査での情報空白地帯のものが中
心となっているものの、北海道北部の情報が総じてまだ少ない。
 アズミトガリネズミの既知の分布は長野県を中心とした本州中部の山岳部(
今泉、1970)に限られており、また、チビトガリネズミ(トウキョウトガリネ
ズミ)に関する最近までの正確な記録は北海道内の6箇所(阿部、1961、小宮、
1972、近藤、1986、島崎・正喜、1986、ohdachi & Maekawa,1990)に限られて
おり、今回の分布情報はそれらをほぼ満たしている。
 カラフトヒメトガリネズミは礼文島、利尻島を含む北海道のほぼ全域に分布
するが、道央の平地や道南部では稀で、道北部、道東部の平地および道央部の
高地では普通種である。今回の分布情報では道南のものを欠き、道北での情報
も少ない(阿部、1984、小原・奈良、1984)。
 シントウトガリネズミのうち亜種シコクトガリネズミは愛媛県佐々蓮尾山、
下兜山、徳島県剣山、亜種ホンシュウトガリネズミは本州中部以北の山地、ま
た亜種エゾトガリネズミは北海道本島全域に広く分布している。しかし、今回
の調査結果では本州北部の情報が増加し、この地域における分布の連続性を示
唆する状態となった。北海道では道北、道南の記録を欠くか、または少なく、
調査が進めば分布はさらに連続的に拡がるものと予想される。
 オオアシトガリネズミは礼文島、利尻島、厚岸大黒島などを含む北海道にお
いて最も優勢なトガリネズミで、生息数も多い。今回の結果は道北、道南など
広い地域で情報を欠く部分をもつが、調査が進めば少なくとも本島ではほぼ全
区画に出現するものと予想される。
 サドトガリネズミは既知分布を示している。
  コジネズミ(チョウセンコジネズミ)は、わが国では対馬の南北両島にのみ
分布しており、今回の情報は既知分布を示している。河畔や低地林縁では決し
て少ない動物ではないと思われる。
  オナガジネズミ(ワタセジネズミ)は奄美大島、徳之島、伊江島、与論島、
沖縄本島、沖永良部島などから知られており(今泉、1970)、奄美大島なとで
は生息数が多く、普通種である。今回の情報はまだ不完全である。
  ジネズミは日本列島に広く分布している。すなわち、吐喝喇列島中之島、種
子島、屋久島、五島、沖ノ島、九州、四国、山口県見島および相島(宮尾ら、
1981)、隠岐島、佐渡、栗島(宮尾ら、1982)、伊豆七島新島、本州、北海道
である。今回の調査では前回よりも情報量が著しく増加し、本州全域での分布
を示唆するまでになった。しかし、本州、四国、九州ともまだ未記録県が多く、
今後埋めていくべきである。北海道では石狩低地帯周辺以南でごく少数が記録
されているだけで(Nakata、1981)、今回の記録はほぼ既知分布の現状を満た
している。
 オリイジネズミは奄美大島に限産し、今回の記録は分布の現状を満たしてい
る。
  ジャコウネズミは長崎、鹿児島、五島および南西諸島に分布する。今回の調
査では奄美大島や宮古列島などの情報を欠いているものの、前回よりは既知分
布に近いものとなった。
 カワネズミは本州、四国、九州に分布するが、今回の調査では四国からの情
報を欠き、本州での分布情報も前回よりはふえたものの、中部を除けば各地に
孤立している状態である。調査が進めば山岳地にもう少し広く分布するものと
思われる。
  ヒメヒミズは九州では祖母山と九重山で(内田・吉田、1968)、四国では愛
媛県石槌山、佐々連尾山、下兜山(Abe、1967)、本州では中部以北の高山(今
泉、1970)および紀伊半島大台ケ原山(Kobayashi et al.,1970)などから知ら
れている。今回の調査では本州中部以北の情報が増加し、この地域での分布の
連続性がみられるようになった。
  ヒミズは本州、四国、九州、五島、対馬、山口県見島(宮尾ら、1981)、隠
岐島、栗島(宮尾ら、1982)などに分布しているが、今回の結果では小さな離
島からの情報を欠いている。本州、四国、九州の情報は前回に比して著しく増
加したが、まだ少数の県においてそれを欠いている。調査が進めば山岳地帯で
はほぼ全区画に出現することが予想される。
  ミズラモグラは広島県の山地、本州中部の山岳地、岩手県、青森県の山地な
ど、限られた孤立分布地が知られている(今泉、1970)。今回の分布情報はそ
の主要部を満たしているが広島県や京都府のものを欠いている。
  モグラは長野県付近を境界として本州の中部以北に広く分布し、その他に広
島県の山地、紀伊半島の山地、小豆島、愛媛県石槌山、徳島県剣山などにも小
個体群が分布している(Abe、1985)。今回の分布情報はその概要を示している
が、広島県や京都府の孤立分布を欠き、本州北半部の情報欠失部でも平野部で
は連続した分布がみられるものと思われる。
  コウベモグラは本州中部以南の大部分と、四国、九州、種子島、屋久島、五
島、対馬、隠岐島などに分布しており、今回の分布情報はその概要を示してい
る。この地域の情報欠失地域でも、少なくとも平野部には連続した分布がみら
れるものと思われる。
  サドモグラは佐渡と新潟平野のうち佐渡寄りの中心部分だけに分布しており、
この平野の周辺においてアズマモグラと分布を接している(Abe、1967、今泉、
1970)。今回の分布情報はこれらの分布の主要部分を示しているといえる。

                                        ( 阿部 永 )

                  引用文献

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Abe,H. 1967. Classification and biology of Japanese Insectivora
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阿部 永、 1984.ネズミ類、トガリネズミ類.北海道の自然. 23:25-29
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