調査結果からいろいろなことがわかります。


「身近な生きもの調査」の結果は
私たちにさまざまなことを教えてくれます。
日本の自然を考える
羅針盤の役割を果たしてくれます。

自然の経年変化を知るために。
 トキは今、日本中を探しても、新潟県のトキ保護センターで飼育されている3羽しかいません。環境庁では今秋にも、中国から雄のトキを借りて人工増殖を図ることにしています。ところが実はこの鳥、江戸時代には、北海道から中国地方までの広い範囲にその優雅な姿を見せていました。今から250年程前、将軍吉宗の時代に、ある植物学者が幕府の力を背景に各藩の動植物など「土地よりいずるもの」をくまなく調査させたことがあります。調査結果は諸国の産物帳として江戸に報告されました。これらの産物帳は散いつしてしまったと思われていましたが、最近、部分的に各地に残っていることがわかりました。当時のトキの分布も、そこから推測できたのです。250年前の記録が、私たちにいろいろなことを教えてくれます。
 右の図は、第2回自然環境保全基礎調査の成果の一つで、ニホンザルの分布を示したものです。1923年と1978年を比較してみますと、東北地方では、点在していた分布域がさらに狭まっています。ニホンザルの分布域の北限は、世界のサルのなかで最も北にありますが、ニホンザルがとくに寒い気候を好むわけではありません。標高の高いところは彼等にとって寒すぎますし、少しあたたかい里の方は人間の生活域がだんだん広がって、彼等を板ばさみにしているように見えます。九州地方でも分布域は減少し、分断されてきています。
 調査のくり返しによってこんな地図をつくれば、分布の経年変化を知ることができます。そして、動植物の保護管理に役立てることができるわけです。

ニホンザルの分布域の変化

生きものの分布から環境の状態をさぐります。
 人間にもいろいろ「好き嫌い」がありますが、動植物にも環境条件の好き嫌いがあり、好んですめる環境はきまっています。例えば、イワナやサワガニはきれいな水にしかすめません。ゲンジボタルは幼虫期にきれいな水にすむカワニナを餌にしますので、きれいな水の近くにしかいません。コイ、フナ、アメリカザリガニは少し汚れた水にもすんでいます。環境条件は複雑に生きものに作用しますから、好き嫌いの関係はそれほど単純ではありませんが、生きものの好き嫌いを環境条件を計るめやすにするのが環境指標生物の考え方です。イワナやサワガニの分布を調べることによって、きれいな水の範囲を知ることができますし、コイやフナがいるところは少し汚れた水のあるところ、アメリカザリガニがいればもう少し汚れた水のところということがわかるわけです。
 生きものを環境指標として用いる方法は、因果関係があいまいであること、結果にバラつきが生じたり、数量化が難しいなどの欠点もありますが、ppm測定のような理化学的な方法が単一の要因を測定するのにくらべ、生命あるものを利用することから、環境を複合的、総合的に把えることができます。また、何よりも一般市民にわかりやすい方法であり、楽しみながら調査できることから、多数の参加が得られやすいという大きな特徴があります。
 「身近な生きもの調査」では、このような考えのもとに、身近な生活環境を診断するため70種類の生きものの分布を丹念に調べていただいたのです。


生きものたちとのふれあいの場づくりに。
 最近各地で、「自然とのふれあい」についての議論がさかんです。“動植物とふれあえる公園を”そんな意見も多くなりました。緑の量だけでなく、緑の質も重要になってきたわけです。
 しかし、ひとくちに“ふれあい”といっても、どんな場所で、どんな自然とふれあうことができるのか。そのあたりのことは、まだいろいろと調べてみる必要があります。
 今度できあがった「生きもの地図」をこまかにみると、同じような面積の、似たような緑地でも、ある動物が確認されたところと、そうでないところがあることがわかりました。例えば、カワセミがやってくる公園と、そうでない公園。どちらも都市にあって、同じぐらいの広さだとしたら、一体なにが違うのでしょう。
 もちろん、いろいろな理由があるはずですが、公園そのものだけでなく、そのまわりの環境を調べてみることも大切です。公園の面積や植えられた木々は同じでも、まわりに住宅地や農地がある場合と、ビルがたち並ぶ場合では、そこにすむ動植物もちがってきます。
 今回の調査を分析して、ある動植物が確認されたメッシュとそうでないメッシュの関係、確認されたメッシュはどんな環境なのか、そのまわりのメッシュの環境はどうか、といったことをさぐります。そこでわかったことを利用すれば将来、さまざまな動植物とふれあえる公園や緑地をつくりだすことができるかもしれません。
 「緑の国勢調査」の結果は、こんなことにも役立てられます。

 

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