V 哺乳類分布調査の今後の課題

自然環境保全基礎調査検討会哺乳類分科会(岩野泰三・丸山直樹・古林賢恒)

 第2回自然環境保全基礎調査の一環として実施された哺乳類分布調査は,調査対象となった中・大型哺乳類8種の詳細な分布情報を得て,その主要な目的を達成した。しかし,将来にわたって,全国的規模での哺乳類分布調査を実行するためには,考慮すべきいくつかの問題点がある。ここで,それらの点を列記し,今後の課題としたい。

1 調 査 票

 昨年度報告書で提起した課題と,本年度作業実施中に問題とされた点を総合すると,特にデータ処理の面からは,次の点が重要であると考えられる。

 本調査では,調査員の数は2千名以上にのぼり,情報量は16万を越えた。多人数による調査でおこりがちな規準の不統一を避け,不可避的におこるミスを最小限に喰い止め,かつ効率的に多数の情報を整理するためには,調査票の内容がさらに整備されねばならない。この点から,マークシート方式の調査票を設計することは,一考の価値があると考えられる。

 調査票の内容は,以下の項目からなる。

(1)調査者に関する情報

(2)情報提供者に関する情報

(3)地点,地域情報

(4)目撃年月日時刻情報

(5)種名,構成情報

(6)環境情報

(7)情報精度検討情報

 情報精度検討情報は調査者,とりまとめ担当者によって,他情報との比較によって,得られた情報の精度や信頼度を書き入れるものである。

2 期   間

 わが国における自然環境の開発スピード,哺乳類各種の分布様式および自然保護関連事業との関係を考慮すると,同一種の分布調査は,約10年の間隔で行うことが適当であると考えられる。

3 調査方法

 本調査は,聞きとりによって実施したが,哺乳類の分布調査としては,これでは不十分であることは言を待たない。情報提供者は哺乳類についてはほとんど素人であり,その情報の真偽を確かめる物証はない。本調査は,その設計の段階で,このような欠陥をカバーするために,誰もが確実にみわけることができると考えられる中・大型哺乳類8種に限ったが,昭和53年度の各都道府県報告書にある通り,アナグマをみわけることは必ずしも正確ではなかった。

 これは,わが国産の哺乳類について分布調査対象種を拡大する際には,大きな問題となると考えられる。わが国における「獣」についての一般の認識程度は低く,中,小型哺乳類の種をみわけることは到底期待しえない。したがって将来の調査にあたっては調査体制を整備すると共に,多様な調査手法を用いる必要があると考えられる。もちろん,保全調査の目的を鑑みて,これらの調査が,第一次〜第三次の地域区画のいずれかのレベルで,全国を均一に覆うよう計画されるべきであることは,また当然であろう。

 調査方法には,以下のものが考えられる。

(1)聞きとりによる調査

(2)実地踏査による調査

(3)捕獲による調査

(4)文献による調査

(5)標本による調査

 以上のいずれの調査の場合にも,従来行なわれてきた調査の狭い粋を越えなくてはならないと考えられる。これは,全国を均一に覆うという目的によるものである。標本による調査を行う場合,単に各博物館の標本リストだけではなく,毛皮や剥製をとりあつかう業者などから巾広く標本を収集するといった手段をとることなどは,その一例である。

4 調査組織

 調査を能率的に行ないうるように,全国的な組織を確立することが望ましい。調査組織は,行政を縦軸,研究者を横軸とし,全国,都道府県二つのレベルで,恒常的に運営されることが期待される。日常的な情報の蓋積と,多数の情報の精度の検討を行なうためには,5年毎に急造される便宜的組織では不十分である。

 期待される組織は,以下の構成をなすと考えられる。

(1)都道府県レベル

 本調査担当の行政責任者を長とする専門研究者からなる「保全調査都道府県専門委員会」を設置する。

 この専門委員会の指導の下に,最小行政単位毎に1名の「保全調査○○地区調査委員」を選定,任命し,調査委員には分布情報の収集が委託される。専門委員会が情報空白地域や不明地域に対する調査を,またサンプル調査を必要と認めた場合には調査組織をつくりこれを実施することができる。

 「専門委員会」は,分布に関する情報をとりまとめ,整理し,その精度,信頼性を検討し,環境庁に提出する。

(2)全国レベル

 本調査担当の環境庁責任者を長とし,数都道府県からなるブロックを代表する専門研究者,各地方の行政担当者からなる「保全調査全国専門委員会」を設置する。

 この「専門委員会」は,調査法の検討,調査計画の策定,調査票の設計,調査組織の検討,調査内容の検討,調査報告の検討などを行う。

 「専門委員会」が必要と認めた場合には,必要な地域に対する調査を実施することができる。この調査には,保全調査の補完をなすと考えられる調査の他,保全調査の手法を開発するための調査が含まれる。

 「専門委員会」は,得られた情報の集積とその公開についても,助言する。

 「専門委員会」は,各地区「調査員」の講習会を都道府県「専門委員会」と共に,開催し,調査意図の徹底,精度の向上をはかる。

 

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