7 調査対象種からみた哺乳類の地域的な多様性

阿部  學

1 はじめに

 調査対象種からみた地域の多様性をみる手段として,まず各々の地域における生息種数の多少を一つの判断基準とすることができる。即ち,生息種数が多いということは,その地域の生息環境がそれだけ多様化していることによるからである。例えば,今回調査の対象とされた8種の哺乳動物をみても,ヒグマ,ツキノワグマ,ニホンザルといった種は,深く大きな森林がその生活基盤となっているのに対し,タヌキ,キツネ,イノシシといった種は必ずしも前者が要求するほど大規模な森林を必要としないことは分布図を見ても明らかである。彼らは,昼間の休眠や繁殖場所として人目を避けるための疎林があればこと足りるのであって,夜間の採餌その他の行動圏は大半がむしろ森林外にあるといったタイプの動物である。

 タヌキ,キツネ,アナグマを除く動物と森林との結びつきは全国の土地利用状況のうち,森林率と各種動物の生息率を示すグラフに如実に現われている。その典型的なものは,山形県のツキノワグマ,滋賀県のシカ,佐賀県のサル,大分県のイノシシなどで,森林率の増加に伴い生息率の増加がみられる。しかし北海道のヒグマに関しては,森林棲獣類であるにもかかわらず,森林率と生息率との相関が余り明確ではない(図1)。この原因は知床半島や大雪山系の生息分布をみても分るように,生息情報がないとして表現されているメッシュが多いことによると考えられる。ところがこれら空白部分はヒグマが生息していないのではなく,人の出入りが少なく情報が得られなかったものと解される。このように今回の調査では,生息しないメッシュと情報が得られなかったメッシュが混在している点が大きな問題である。今回の調査ではこの点の仕分けが十分になされておらず分析結果に微妙な影響をもたらすものと思われる。

 一方,タヌキ,キツネでは,森林率40〜70%をピークにその前後,即ち森林率70%以上と同10〜40%で生息率が減少する傾向がみられる(図2)。即ち,キツネ,タヌキは分布図の上では深い森林から,疎林,農耕地に至る広い範囲に生息していることになっているが,森林率との関係でみると,生活の基盤は中程度の森林率をもつ地域にあるといえる。このことからしても森林率と生息率との間に異なった相関を持つ哺乳動物が重複して生息し得る環境は多様性に富んでいるといえよう。このような観点から,ここでは8種全部の分布図を重ね合わせ,日本を代表する哺乳動物相の分布様式を明らかにし,この分布パターンから各々の地域が持つ生息環境の地域特性並びに分布制限要因について検討を加えることが望ましい。しかし,調査対象となった哺乳動物は基本的にはサル,シカ,ツキノワグマ,ヒグマ,イノシシ,キツネ,タヌキ,アナグマの8種となっているが,これらの中には別亜種であるエゾシカ,ヤクシカ,キタキツネ,エゾタヌキなども含まれているため,実際には8種以上の動物の分布図ができていることになる。ところがこれらの別種や別亜種は北海道と本州の津軽海峡に存在するブラキストンラインによって隔離されていたり,屋久島などの島しょに分布しているため,実際の分布は重複していない。従って,ここではエゾシカ,ホンシュウジカ,ケラマジカ,ヤクシカを総称してシカとして取り扱うことにした。

 また,タヌキ,キツネの分布図をみると,市街地,湖沼など特定の地域を除いて殆んど全国的に均等に分布しているように見受けられ,分布制限要因の解析に際し,特徴を捉え難いという難点がある。従って,分析に際しては分布特性が明確なヒグマ,ツキノワグマ,サル,シカ,イノシシの5種を対象に分布図の重ね合わせを行い,地域の多様性並びに分布制限要因の解析を試みた。

 一方,アナグマについて森林率と生息率との関係をみると,県によって一定しておらずアンケート調査の段階でタヌキとの識別がどの程度確立されているかについて疑問を抱かせるところから,これもキツネ,タヌキと同様,将来の課題としたい。

2 方   法

 全国的な分布図の完成している8種の哺乳動物のうち,地域的な分布特性が明確なヒグマ,ツキノワグマ,サル,シカ,イノシシの5種について,分布図を重ね合わせ,複合的な分布図を作成すると,地域によって全種が重なり合う部分や,全くどの種も出現しない地域が明確に浮き彫りにされる。同時に1〜3種の段階的な重なり部分も明確となる。このときヒグマは北海道にのみ分布し,ツキノワグマ,サル,イノシシは北海道には分布しないので,実際の複合分布図においては本州では4種以上,北海道では2種以上が重なり合うことはない。

 このようにして5種の複合分布図を作成し,種の分布が密な地域と,疎な地域,又は全く分布しない地域について,分布を容認している要因や,反対に分布を規制している要因の分析を試みる。

 哺乳動物の分布を左右している要因として考えられるものに,人口密度,土地利用形態,積雪深,狩猟圧,道路網,鉄道網の分布,地形,気象要因など多くのものがあるが,今回は比較的因果関係が明確な土地利用形態,積雪深,道路,鉄道網,並びにこの発達によって拡大した市街地と哺乳類の分布に的を絞って地域の多様性の分析を試みた。

3 結   果

 キツネ,タヌキ,アナグマの3種を除くヒグマ,ツキノワグマ,サル,シカ,イノシシの5種の動物の分布図を重ね合わせると図3のようになる。この図をみると,最大4種の動物がすべて重複して分布している地域と,どの動物も全く分布していない地域が明確に示されている。

 北海道には上記5種の哺乳動物のうちヒグマとシカの2種しか生息していないので,最大2種の重複部分しかみられない訳であるが,2種がかなり広域にわたって重複分布している地域は,大別して大雪山系の石狩岳,十勝岳の南側ニペソツ山,ウペペサンケ山から十勝山脈の基部,狩勝峠を越えて夕張岳,日高町,穂別町にかけての一帯,十勝山脈西側,平取,新冠,浦河町の山岳地帯,十勝山脈東側,中札内,大樹,広尾町の山岳地帯,屈斜路湖,美幌,訓子府,雄阿寒岳を結ぶ一帯,湧別,興部,北見滝の上を結ぶ山地帯,斜里岳から知床半島基部にかけての一帯,上茶路を中心とする一帯,天塩岳,旭岳,芦別岳などとなっている。このようにして北海道における2種の分布様式をみると,比較的小面積の分布域が虫喰い状に散在しているのが特徴といえる。

図1 森林率と生息率との関係

図2 キツネとタヌキの森林率と生息率の関係

 次に,ヒグマ1種のみが散在して広い地域にわたって分布している地域は,宗谷支庁北東部の山地,網走支庁中央部,留萌支庁,上川支庁,空知支庁,胆振支庁,桧山支庁などとなっており,生息区画数の多い地方と疎な地方とを大きく区分するとすれば,知床山系,大雪山系,日高山系を湾曲して結んだ線の北西部に分布区画が多く見受けられる。但し,渡島,後志,石狩,空知の各支庁では,分布が山岳地帯に限定されている。これに対し根室,釧路,十勝支庁ではウコタキヌプリ周辺を除いて疎な分布を示している。

 シカはヒグマとは対照的に,北見紋別,愛別,富良野,夕張,鵡川を結ぶ線の北西部には殆んど分布しておらず,大部分が日高山脈,大雪山系,阿寒岳周辺などの山岳地帯に集中している。そして帯広を中心とする十勝平野中標津を中心とする平地,小清水を中心とする原野には分布していない。但し,例外的に花咲半島基部,厚岸から釧路にかけての丘陵部に分布域がみられる。

 ヒグマの絶滅メッシュをみると,根室支庁の平野部,宗谷支庁のサロベツ原野など、平野部に著しい。この両地域とも昨今パイロットフォレスト等の開発が顕著な地域である。

 一方,本州にはタヌキ,キツネ,アナグマの3種を除くと,ツキノワグマ,シカ,サル,イノシシの4種が生息しており,これらがすべて広い範囲で重複している地方としては,面積の広い順に山梨,長野,静岡の3県にまたがる南アルプス山系の駒ケ岳,塩見岳,聖岳,大無間山に至る全域,三重,奈良,和歌山の3県にまたがる国見山,大台が原,釈迦が岳,伯母子岳などの山岳地帯,京都府,福井,滋賀県境の三国岳,武奈が岳,比良山を中心とする一円,次いで群馬,埼玉,東京都,長野,山梨県境の雲取山,甲武信が岳,芽が岳一帯の山岳,岐阜県鷲が岳周辺,神奈川県丹沢山塊一円,岐阜県能郷白山南側となっている。

 次に,3種の哺乳動物が比較的広域に分布している地域として,広い順に紀伊半島南端部,三重,岐阜,滋賀県境の伊吹山,御在所山,鈴鹿峠,笠取山一帯,徳島県の雲早山,剣山,三嶺から高知県物部へかけての一帯,高知,愛媛県境の山岳地帯,島根県,広島県境の阿佐山,三段峡から冠山にかけての一帯,伊豆半島,九州大崩山一帯,山口県豊田周辺などとなっている。

 これら三種の重複地域のうち,ツキノワグマが含まれているのは,わずかに島根,広島県境のみで,残りの地域はいづれもサル,シカ,イノシシで構成されている。

 イノシシを除く3種の重複分布地域としては小面積であるが,栃木県男体山,足尾周辺,群馬県妙義山周辺,長野県蓼科山周辺などとなっている。

 このようにして哺乳動物4種又は3種の重複分布域を概観してみると,4種の重複分布がみられるのは関東,中部,近畿の三地方に限られていることが分る。これに対し,3種の重複分布地域は,中部,近畿,中国,四国,九州地方と西日本に偏っている。そして東北地方には3種以上の重複地域がないことが明らかになった訳であるが,この偏りの原因は,福島県の平野部を除いて東北地方にはイノシシが全く分布していないことによる。

 一方,中国,四国.九州地方に4種以上の重複地域がないのは,四国,九州にツキノワグマの生息情報がないこと,中部地方でクマとシカの重複分布域が極めて少ないことによる。

 本州,四国,九州における2種以下の分布については,各々の種の分析結果を参照され度い。

 本州の絶滅メッシュの目立つ地域は,能登半島のサル,シカ,ツキノワグマ,宮崎県日南地方のシカ,島根,広島県境のシカ,伊豆半島のツキノワグマ,茨城,福島県境のシカ,下北半島のシカなどがある。

 動物の分布と鉄道,道路による輸送量を示す図との重ね合わせを行うと,輸送路網によって動物の分布が的確に分断されている事が明らかとなった(図4)。

4 考   察

 北海道ではヒグマとシカ,それ以外の地域ではツキノワグマ,シカ,イノシシ,サルについて重複分布図を作製し,これを概観すると次のことが明らかになった。北海道と本州ではいろいろな面で相違が大きいので,ここでは便宜上,両者を分離して分析を試みた。

A 北海道地方

(1)北海道では2種の重複分布域が,大雪,日高,知床,北見といった大きな山脈が連続しているところ,又は北見,網走,釧路,上川支庁にみられるように一つの山塊として認められるような山岳地帯に限られている。即ち,2種が重複して生息できる地域は一定の広がりをもった山岳地帯に限定されるということである。

(2)土地利用図との重ね合わせではヒグマとシカの分布の特徴は,両者とも石狩,空知,上川支庁に広がる大規模な水田地帯には分布しない。ヒグマの分布域は殆んど山岳の森林地帯であるが,シカは根室支庁の花咲半島基部,釧路支庁の根釧原野にみられるように丘陵をなす林地にも生息している。

(3)年間を通じて60cmの積雪深が80日以上連続する地域を図に落し(シカの項図3参照),これとヒグマ,シカの分布図を重ね合わせると,日高山脈の基部,大雪山系の一部を除いてシカは積雪のある地域には分布しない。例えば,天塩,日高山脈の陵線部,夕張岳などがこれに当る。これに対しヒグマは積雪深と殆んど無関係に分布している。この相違は,シカは冬季でも採餌行動をしなければならない上に,積雪による不利(狩猟圧,野犬の襲撃,餓死等)があるのに対し,ヒグマは積雪による行動制約が少ない上に冬眠という優れた適応習性があることによると考えられる。

(4)広い範囲にわたって積雪深が長期間続く宗谷,留萌,上川,空知,後志支庁にシカが殆んど分布していないのは,狩猟圧その他の天敵によって絶滅させられたものと考えられる。これに対し,山裾の広い山岳地帯の積雪地帯で今尚生存しているのは,冬季人間の接近を不可能にしているからであろう。

(5)犬飼(1952)によると,北海道には古くからシカが生息し,濃淡はあったにしろ全道一円に分布していたと考えている。しかし,日本海に面し,積雪の多い天塩,石狩,後志地方のシカは,冬季食物を求めて胆振,日高,十勝,釧路,根室方面に移動したと述べている。これと現在の分布状況を考え合わせると,今回の調査でシカの空白部分は宗谷,留萌,上川,空知,後志支庁となっており,いづれも冬季の移動を行った地方と一致する。このことから,現在この地方にシカが分布しないのは,冬季の移動を阻害する要因,即ち,市街地化,道路,鉄道網の発達,農耕地の拡大などが介在した上に狩猟圧が加わった結果であると考えられる。そして現在の濃密分布域の日高,十勝方面は往時の冬季移動の終着地に相当することは興味のある現象である。シカ個体群には移動型と滞留型の二型が存在し,移動型の個体群が絶滅したということも考えられる。

(6)ヒグマは積雪の有無には無関係に全道的に分布しているが,その背景には必ず森林を持つ山岳が控えている。この条件を欠くような地域,例えば十勝平野,根釧原野,石狩平野などには分布していない。このことは,ヒグマは森林のある山岳を冬眠を含めた生活の基盤としていることを物語っているといえよう。

(7)鉄道網並びに乗客輸送量を示す地図と動物分布図を重ね合わせると,大雪山系と日高山系が連らなる狩勝峠付近を除いて他は殆んどが分布域を鉄道路線によって分断されている。興味があることは,鉄道路が存在しているにもかかわらず,その終点付近にヒグマとシカの重複分布域があることである。例えば十勝三股,上茶路,北見相生,北見滝の上などである。これは輸送量が少ないこともさることながら,鉄道が貫通しないような地理的条件(山脈など)が介在しているからであろう。

 狩勝峠付近で鉄道によって生息域が分断されないのは,鉄路付近にまで山裾が接近しているためと輸送量が少ないため,その間の往来を許しているものと考えられる。また,本州のように,鉄路に沿って人家が連続的に分布していないことも一因と考えられる。

(8)ヒグマの絶滅メッシュは,根室支庁の平野,宗谷地方のサロベツ原野といった低層湿原にみられるが,この地方はパイロットフォレストの進出,牧草地の造成などの開発が進み,道路,人家の発達が著しい地域で,ヒグマの生息圏として適さなくなったものと考えられる。

B 本州・四国・九州地方

(1)4種の動物の重複分布図と地形図を重ね合わせると,イノシシを例外として殆んどの地方で山岳地帯が分布の中心となっている。イノシシは分布域を見る限りにおいて山地から平地にまで広く分布しているが,その分布域の中に必ず山地(森林)が含まれている。即ち,イノシシの分布は山地(森林)を根拠として広い活動圏を持っているといえる。

(2)土地利用図との重ね合わせを行うと,4種の動物とも森林を中心に分布していることが判る。しかし,イノシシは水田,畑地などにも分布しているが,これも上に述べた如く,分布の中心は山地(森林)となっている。その証拠は,森林以外の土地利用図(森林率の極端に低い地域,即ち,市街地,耕地,裸地)と動物の重複分布図を重ね合わせると,森林のない部分にはイノシシすら分布していないことが明らかになる。その最も顕著な例は関東平野で,広大な面積にわたって分布空白域が広がっている(イノシシの分布図参照)。

(3)山岳地帯と動物の分布との関係は,4種の動物の重複分布域において顕著である。例えば,南アルプス,大台ガ原,丹波高地などで,これらの地域は殆んどが2−3県の県境に位置しており,人の接近を阻む地帯である。

(4)東京,大阪,名古屋,神戸,福岡などの大都市圏並びに広い面積をもつ水田,畑地には分布の空白部分が顕著である。特に,ツキノワグマ,シカ,サルにおいて著しい。

(5)積雪深との関係でみると,シカとイノシシは年間を通じて50cmの積雪が50日以上続く地域には分布しないことが明らかとなった(シカの項図2参照)。この2種はキツネ,タヌキを含む他の獣類に比して積雪の影響を受け易いことを物語っている。シカの行動を阻害する積雪深は,蹄から附関節までの長さに相当する40〜45cmであるといわれている(三浦,1974,丸山,1976)。

(6)大型の哺乳動物は,特別な保護の手がさしのべられている地域を除いて,半島や島しょで絶滅している例が多い。それは一度狩猟弾圧等によって滅ぼされると,鉄道,道路,民家,農耕地,海域等によって母集団からの移入が絶たれているため回復しないものと考えられる。広義には四国,九州,渡島半島といったレベルについても言えることである。この意味から現在のところ保護によって細々と生き残っている房総半島,伊豆半島のサル,シカ,イノシシ,下北半島のツキノワグマ,サル,屋久島のシカなどに対しては積極的な保護が必要である。

(7)現在生き残っている種の保護と同時に,絶滅した地域であっても生息に必要な環境条件が残存している地域に対しては,過去の絶滅要因を排除して種の回復を計ることが望ましい。

(8)シカ,イノシシを含む4種の重複地域は関東,中部,近畿の三地方に限られているが,その原因はこれら重複地域には年間を通じて50cmの積雪が50日以上も続く地域が存在しないことによる。

(9)鉄道網と動物分布図との重ね合わせを行うと,鉄道網によって分布が分断されていることが明らかになったが,輸送量に比例して隔離が進んでいる様子がよくわかる。それは鉄道網の発達に伴って道路,農耕地,民家が進出し,結局動物の生息,移動,分散を阻害する結果になるものと考えられる。

(10)鉄道網によって分断,隔離された個体群は,相互の交流がないので,シカとかツキノワグマの保護または管理を考えるとき,各々の地域群を一つの単位として独立に扱う必要がある。

(11)4種の動物が生息する地域として神奈川県の丹沢山塊があるが,これは4種が重複して生息し得る最小単位であるという点で興味がある。将来,動物の保護,管理計画を立てる上での貴重な資料を提供するものである。

(12)本州全体として絶滅メッシュを展望すると,他地域からの供給を絶たれた半島部や,開発,狩猟圧の高まった地域で多くみられる。

5 まとめ

(1)北海道,本州ともシカの分布を規制している一義的な要因は積雪深である。

(2)年間の積雪量が少ないにもかかわらずシカが分布していない地域は,市街地,農耕地のほか,狩猟,天敵の圧力が高いと考えられる平野部,低山帯である。

(3)イノシシの分布規制要因は,シカと同様積雪深である。

(4)イノシシはシカとは異なり,農耕地,平野,低山帯などにも広く分布しているが,その背後には必ず山林が存在する。

(5)今回調査した8種の哺乳類のうち,シカの分布域は最も狭く,且つ孤立している。これらの地域は,特別に保護されている地域か深い山岳地帯に限られている。従って,今後,突発的な異常気象(豪雪,寒波など)に襲われたり,山岳道路の発達に伴う狩猟圧,捕食の増大によって急速に減少または絶滅する危険をはらんでいる。

(6)北海道における2種の重複分布域,本州における4種の重複分布域はおもに深い山岳地帯が中心となっている。本州ではアルプス,鈴鹿山脈から紀伊山脈,丹波高地,両白山地,奥秩父山地などの県境に集中している。

(7)鉄道,道路網が動物の分布域を分断している重要な要因として働いている。しかも輸送量の増大に伴ってその傾向はより顕著である。

(8)動物の分布は鉄道,道路の交通網によって分布域が分断されており,相互の交流は殆んどないと考えられるところから各々の種の保護,管理計画の策定に当ってはそれらを一つの遺伝子群として取り扱う必要がある。

(9)半島,島しょなど他のグループとの交流が完全に絶たれている地域は,他からの供給がないことから絶滅の危険が最も多い。

(10)犬飼(1952)によると,北海道のシカは往時,冬季の大移動をしたとあるが,現在の分布空白地帯は冬季の移動を阻害する要因のある地域であるところから,シカには移動型と滞留型の二型が存在し,移動型のシカが絶滅した結果と考えられはしないか。

6 今後の課題

(1)各種の分布図の中に空白部分が各所に見受けられるが,これが生息しないものか,情報が得られなかったものかの区別が示されていないので,解析処理上問題が残る。

(2)森林率と動物分布の相関をみるために森林が3段階に区分されているが,森林構成,針,広葉樹林,天然林,人工林,林令などに関する情報が入っていない。動物分布との関連では重要な要素であるので,是非解析する必要がある。

(3)8種の哺乳動物の中にタヌキとアナグマが含まれているが,現地聞き込み調査に際して地元住民がそれらを識別する能力を十分に持ち合わせていないらしい傾向がみられる。今後,混乱を招き易い動物の聞き込み調査に際して留意すべき事項である。

(4)今回の分析調査では,標高との関連では論じていないが,標高の変化に伴う植生の変化と動物分布の関係について解析を行う必要がある。

(5)分布規制要因を,今回ここで取り上げた諸要因以外の要因について検討を加え,総合的な要因解析を行う必要がある。

7 引用文献

(1)犬飼哲夫,1952

   北海道の鹿とその興亡,北海道大学北方文化研究報告No.7:1-45

(2)国土地理院,

   Railway Lines and Passenger Trafic Volume.1/2,500,000(8色刷り全国版地形図)

(3)三浦慎悟,1974

   丹沢山塊桧洞丸におけるシカ固体群の生息域の季節的変化 哺動誌6(2):51-66

(4)Maruyama,Naoki,Y.Totake and R.Okabayashi,1976

   Seasonal movements of Sika in Omote-Nikko,Tochigi Prefecture 哺動誌6(5,6):187-198

8 Summary

1.The distribution of the sika deer, Cervus nippon, is primarily restricted by snow depth in both Honshu and Hokkaido, as shown in Fig. 2 and 3 in deer analysls.

2.No deer were found in or around highly developed and widely cultivated lowland areas in spite of thin snow falls. This phenomenon is possibly a result of high hunting pressures and predation.

3.Distribution of the wild pig, Sus scrofa leucomystax, is also restricted by snow depth. The pig can not live in areas where the snow depth exceeds 50 cm for 50 continous days in winter time.

4.The distribution pattern of the pig differs from the deer.The pig is widely spread through out,plain and lowland areas where some exclusive woodland are found.

5.The distribution map of the eight species of deer surveyed shows a narrow and isolated pattern.Deer are restricted to mountainous and specially protected areas.An isolated deer population may be exterminated in the near future because of severe weather or heavy hunting pressures.

6.The compound maps made by laying distribution maps are on top of th other--two species in Hokkaido and four in Honshu--show the animals to be located exculusively in mountainous areas.In Honshu,these areas are concentrated in the Japanese Alps,the Suzuka mountains,the Kii mountains,the Tanba mountain range,the Oku-chichibu range,etc.

7.Railways and road systems are considered to be major factors isolating mammal populations.This trend coincides with the increase in the volume of passenger traffic.

8.As the separate groups of each species have no contact with other,each population should be managed as an isolated population.

9.An island population or an isolated population,such as found in peninsular are,is cut off from new genes,and the population faces preduction or extinction unless special protective measures are taken.

10.No deer are observed in Soya,Rumoi,Kamikawa,Sorachi,or Shiribeshi districts in this survey,although Inukai(1952)describes long distance deer migration in these areas in the winter season.The barrier formed by the development if urban areas and cultivated farmland prevents deer migration.

 

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