2 ニホンジカの地理的分布とその要因

常田 邦彦 ・ 丸山 直樹 ・ 伊藤 健雄 ・ 古林 賢恒 ・ 阿部  永

1 はじめに

 本報告は「第2回自然環境保全基礎調査」によって調査されたニホンジカ(Cervus nippon)の地理的分布構造とその要因について分析したものである。本種の全国的分布については郵送アンケートによる哺乳類分布調査科研グループ(1979)の調査があるが,今回はさらに精度が高いききとり法によっているので,これを用いた分析結果は,本種の生息状況と保護管理を考える上で基礎的情報として大いに役立つことが考えられる。なお本調査にもとづく本種の全国的分布状況については「第2回自然環境保全基礎調査,動物分布調報告書(哺乳類),全国版,環境庁」(1979)で報告してあるので参照されたい。なお,前報では青森・福島・富山・茨城・石川の5県では本種は非生息として扱われていたが,数はきわめて少ないが生息情報が実際には現存するので図1に示した。この食い違いは次の点にもとづくものと考えられる。(1)昭和53年度に各県で作製した分布図では,ニホンジカがごく稀に出現する例(富山県,福島県)や,飼育ジカが逃亡したものと考えられる例(福島県)を省略したこと,(2)信頼性の低い情報として除外されたこと(石川県・茨城県),(3)昭和54年度の追加アンケート調査によって新たに生息情報が得られたこと,などによるものである。

図1 青森・福島・富山・茨城・石川各県におけるニホンジカ生息情報補遺

2 ニホンジカの地理的分布と積雪

 ホンシュウジカ(Cervus nippon centralis)の活動および採食が著るしく困難になる積雪深は45cmないし50cm以上であることから(三浦,1974:Maruyama et al.1976),本種の生息に影響を及ぼす積雪深は45cmないし50cm以上の積雪日数が重要であると考えられる(丸山ら,1977)。さらに丸山(1981)は,栃木県日光での調査から,50cm以上積雪日数が30日を越えると積雪による死亡個体が出はじめ,50日を越えると多発することを指摘した。本報告ではこの点についてさらに全国的規模で検討することにした。

表1 本州・四国・九州における50cm以上積雪日数とニホンジカ通年生息区画数,季節的一時的出現区画数,絶滅区画数との関係

 表1は,本州・四国・九州における50cm以上積雪日数と本種の通年生息区画数・季節的一時的出現区.画数・絶滅区画数との対応をみたものである。

 通年生息区画数は,50cm以上積雪深10日未満では期待値以上となっているが,積雪日数10日以上の区分ではいずれも期待値よりも小さく,明らかに通年生息区画数は50cm以上積雪深10日未満区分に集中しており(92.2%),10日以上の区分ではきわめて少なく,30日以上の区分ではいずれも1%未満となっている。季節的一時的出現区画は,やはり積雪日数10日未満に集中しているが(86.6%),10日以上20日未満区分でも期待値をわずかではあるが上まわっている。しかし,それ以上の日数区分になると期待値を下まわるのは通年生息区画の場合と同様である。絶滅区画も10日未満区画に集中する(85.8%)のは同様であるが,10日以上20日未満区分ならびに20日以上30日未満区分でも期待値をわずかに上まわる数値を示している。30日以上区分になってはじめて実際値は期待値よりも小さくなっている。

 このように,ホンシュウジカが50cm以上積雪日数10日以上地域を避ける傾向を読みとることが出来る。したがって,本亜種の場合,この積雪日数が30日を越えると死亡個体が目立ちはじめ,50日を越えると多数死亡が生ずるという先の丸山(1981)の指摘は,本亜種の分布域を通じて適用し得るものとみることができよう。季節的一時的出現区画数が多雪地帯でもみられることは,本亜種が分散・放浪・季節的移動といった移動様式を示すことから考えてあり得ることである。但し,通年生息区画がきわめて少例ではあるが多雪の区分までみられる背景としては,(1)積雪日数区分の地理的分布を推定する上での誤差,(2)季節的・一時的出現区画を通年生息区画として誤認していることの可能性,(3)カモシカをシカと誤認していることの可能性,の3点が考えられる。

 次に50cm以上積雪深50日以上を本州における本種の分布を制限する積雪量の目安として,この積雪分布と本種の地理的分布との対応をみたのが図2である。

 通年生息区画がこの基準積雪分布に接するあるいはわずかに重なるのは,兵庫県西部,岐阜県北部,栃木・群馬県境部,福井県東部,長野県北部だけである。したがって,この積雪分布は本種の本州における地理的分布の最前線に比較的よく一致しているということが出来る。本種の分布がこの積雪分布から隔たっている場合は,積雪以外の分布制限が働いて分布の空白が生じているとみることが出来る。

表2 都府県別50cm以上積雪深50日以上区画数

図2  本州・四国・九州におけるニホンシカの通年生息区画(大黒点)、一時的季節的出現区画(小黒点)、絶滅区画(黒印)、50cm以上積雪深50日以上区画(縦線部)、ならびに市街地農村地の多い区画(斜線部)の分布状況

 表2は,50cm以上積雪深50日以上区画数を県別にみたものである。秋田・山形・新潟の3県は,50%以上の区画がこの積雪区分となっており,青森県,富山県がこれに次いでいる。これらの県での本種の生息は,積雪が原因してきわめて困難であることが考えられるし,実際にも現存していない。

 ところで北海道に生息するエゾシカ(C.nippon yesoensis)はホンシュウジカ(C.n.centralis)よりもひとまわり体が大きい。したがって,エゾシカの場合は,60cm以上積雪深日数をひとつの目安として積雪との関係について検討することにした(表3)。

 本亜種の通年生息区画は,30日以上40日未満積雪日数区分を除いて80日未満のいずれの積雪日数区分でも実際値が期待値を上まわっている。30日以上40日未満区分でも実際値と期待値の隔たりはわずかである。積雪日数区分80日以上になってはじめて期待値が実際値を2倍以上も上まわり,本亜種がこの積雪区分を避けている徴候をみることが出来る。季節的一時的出現区画の場合も同様で,80日未満のいずれの積雪日数区分でも実際値と期待値の間に大きな隔たりは認められない。積雪日数区分80日以上になってはじめて期待値が実際値を約1.5倍上まわり,本亜種がこの積雪日数区分を避けている徴候をみることが出来る。

 図3は,本亜種の地理的分布と上述の60cm以上積雪深80日以上区画の分布との対応関係をみたものである。通年生息区画がこの積雪日数区分の分布と重なりあっているのは,上川支庁上川・旭川・富良野,十勝支庁上川・河東,日高山脈中南部,根室支庁標津で認められる。これらの重複地域が認められる原因としては,(1)本報で作成した積雪分布図の精度が粗かったため,本亜種が生息可能な局所的な豪雪地域を図示し得なかった(梶(1981)は,本亜種が多雪地域でも,局所的な豪雪地域で越冬することを報告している)(2)生態的基準として採用した積雪深60cmが適当でなかった(3)季節的一時的出現区画が通年生息区画として伝えられた,の3点が考えられる。

 しかし,これらの重複地域を除けば,両者は分布を大きく異にしている。すなわち,60cm以上積雪深80日以上の地域の分布は北海道の西半分に偏っており,一方エゾシカはこの多雪地域を避けるように北海道の東半分を中心に分布している。

表3 北海道における60cm以上積雪日数とエゾシカの通年生息区画数・季節的一時的出現区画数・絶滅区画数

図3 エゾシカ生息区画(大黒点)・季節的・一時的出現区画(小黒点)・絶滅区画(黒印)、60cm以上積雪深80日以上区画(縦線部)ならびに市街地・作地の多い区画(斜線部)の分布状況

 ところで,ホンシュウジカの場合は45cm以上,エゾシカの場合は60cm以上の積雪で(これについては,さらに詳しい生態学的調査が必要)で,活動が大幅に制限されるから,これらの深さを越える積雪をみると本種は雪の少ない地域に移動せざるを得ない。すなわち季節的移動がみられるわけである。図4は,本種の生息区分の分布とこれらの積雪深分布線の関係をみたものである。これらの積雪等深線を越えて,多雪地域に生息するシカは,季節的移動を行っているとみることが可能である。

図4 ニホンジカの全国分布と積雪深

表4 地方別にみたニホンジカ生息区画数と森林率区分との関係(1kmメッシュ吏用)

3 ニホンジカの地理的分布と森林率

 表4は,地方別にみた本種の生息区画数と森林率区分との関係をみたものである。1kmメッシュ表示の国土数値情報である森林率区分の地理的分布とコンピューターを使用して対照するため,本種の生息区画も1kmメッシュで処理したものを用いた。本表にもとづき本種の森林率選択傾向をみたのが図5である。P.I.>1の場合,地方別総区画数と森林率区分別総区画数の比からみて,本種の出現区画数は期待以上であり,P.I.=1の場合,出現区画数は期待通りであり,P.I.<1の場合,本種の出現区画は期待以下である。

 東北地方以南では,P.I.値は森林率70%以上区分で最も高く,森林率が下がるにつれて低くなる傾向があり,P.I.>1であるのは森林率70%以上の区分だけである。特に関東地方の森林率70%以上区分でのP.I.値が高くなっているのが顕著である。一方,北海道では,P.I.>1は森林率40%以上区分で認められ,P.I.値の最高は森林率40%以上70%未満の区分で認められる。P.I.≦1になるのは森林率40%未満の区分である。

図5 ニホンジカの森林率選択傾向

 以上から,本種は森林率の高い地域に集中しているとみられるが,北海道と東北地方以南で傾向がやや異なるのは,土地利用の違いによるのではないかと考えられる。もともと本種は林縁性であるので,むしろ森林率が極端に高い地域よりはやや低い地域の方が好適であるのかもしれない。とすると,牧野,原野など森林以外でもある程度まで本種の生息を許容し得る土地利用が行われている北海道では,やや低目の森林率区分でP.I.値が高くなるのは一応うなずけるわけである。一方,本州以南では,牧野・原野等は少なく,農耕地・居住地など本種の生息を容認し得ない土地利用が殆んどであるので,このような地域では本種の生息は森林率の高い地域に集中するのではないかと考えられる。

 そこで本種の生息区画数からみて選好度の高い森林率区分に対する周年生息区画率を都道府県別にみたのが表5であり,その分布状況をみたのが図6である。

図6 ニホンジカ対森林区分周年生息区画率区分の分布状況

表5 都道府県別ニホンジカ対森林区分生息区画率一覧

 周年生息区画率が大きい区分Tは,近畿地方の奈良・和歌山の2県だけである。これに次ぐ区分Uは,関東,東海,近畿,九州に分布している。反対に周年生息区画率が10%未満の区分X・Wは,東北,北陸,中国,九州地方に分布している。周年区画率があまり低くない東海地方にあって,愛知県だけが区分Wを示している。東北・北陸地方に区分Xが多いのは先に述べた多雪による分布制限の影響が大きいものと考えられる。雪の少ない茨城県,福島県阿武隈山地,鳥取県をはじめとした各地域で周年生息区画率がきわめて低いのは,狩猟の影響が強いためではないかと考えられる。

4 出現情報数と絶滅情報数の年代別推移

 図7は,本種の年当り出現情報数の年代別推移である。過去ほど情報数が少なくなることを考慮しつつ,この情報数の推移パターンを整理すると次のようになる。

図7 ニホンジカ年当り出現情報数の年代区分別推移

図7 ニホンジカ年当り出現情報数の年代区分別推移

図7 ニホンジカ年当り出現情報数の年代区分別推移

J字型:年当り情報数は後になるほど急増する。

 態本・鹿児島・長崎・香川・愛媛・福岡・広島・山口・徳島・岡山・兵庫・和歌山・滋賀・長野・福井・栃木・群馬・北海道

GI型:年当り情報数は漸増。

 沖縄・鳥取・島根・埼玉・千葉・神奈川・宮城・福島

VU字型:年当り出現情報数は急減または減少,その後急増または増加を示す。

 奈良・京都・大分・静岡

W字型:年当り出現情報数の推移は減→増→減→増を示す。

 山梨・岐阜・三重

GD型:年当り出現情報数は漸減傾向を示す。

 静岡・愛知・高知

lo型:年当り出現情報数はわずかで横這傾向を示す。

 宮崎

 図8は,本種の年当り絶滅情報の年代別推移である。出現情報同様にいくつかの類型に整理すると次のようになる。

図8 ニホンジカ年当り絶滅情報数の年代区分別推移

J字型:年当り絶滅情報数は後になるほど急増する。

 長崎・大分・京都・長野・北海道・滋賀

GI型:年当り絶滅情報数は漸増傾向を示す。

 岡山・愛媛・埼玉・神奈川・香川

S字型:年当り絶滅情報数は急増し,その後振動しつつ横這傾向を示す。

 広島・徳島・高知・福井・山梨

N字型:年当り絶滅情報数は増→減→増の推移傾向を示す。

 福岡・山口・大阪・兵庫・奈良・宮崎

Eo型:年当り絶滅情報数は急増そして急減の後,低レベルで振動横這傾向を示す。

 沖縄・島根・石川

lo型:年当り絶滅情報数は低レベルで振動横這傾向を示す。

 岐阜・静岡・愛知・三重・栃木・群馬・東京・鹿児島

GD型:年当り絶滅情報数は漸滅傾向を示す。

 福島

5 捕獲数の推移

 図9には,「鳥獣統計」にもとづく大正12年(1922年)以来の本種の捕獲数の推移をみたものである。

 大正12年以来,捕獲数は第2次世界大戦前後を除いて4,000頭以内で漸増傾向を示すが,これが急増するのは昭和25年から37年までの間である。昭和37年には13,000頭にまではねあがっている。以後,この増加は再び緩かになるが,昭和50年頃には15,000頭を前後するまでに至り,再び急増の徴をみせている。この背景には,人口増加,経済成長にともなっての狩猟者数の増加などが考えられるが,いずれにせよ本種への狩猟圧は増加こそすれ決して減少していないこと,すなわち本種の生息条件はこの点ではますます悪化の一途を辿っていること,この悪化は近年加速度的に度を強めていることが考えられる。

図9 ニホンジカの全国捕獲数の変動

図10 ニホンジカの地方別捕獲数の変動

 さらにこの傾向を地方別にみると(図10),近畿地方の捕獲数の伸びは他の地方を抜きん出て目覚ましく,昭30年代末には全国合計の50%を越えるまでになっている。他の地方はいずれも漸増傾向を示し,最近の捕獲数が1,000〜4,000頭/年の範囲を示すのは,中部・北海道・九州であり,年数百頭台は関東・東北・中国・四国地方である。

 表6は,地方別にみた本種の周年生息区画数当り年捕獲数(昭和40年代)を示したものである。この値は,近畿と九州で著しく大きく,これらと比較して他の地方は小さな値を示す。このことは,現在近畿地方と九州地方の本種個体群が他の地方に比して強い狩猟圧にさらされていることを示しているのかもしれない。四国地方の数値がとりわけ小さいのは,最近この地方の鳥取・兵庫を除く4県で採られている捕獲禁止措置の影響ではないだろうか。

表6 地方別にみたニホンジカ周年生息区画数当り年平均捕獲数(昭和40年代)

図11 ニホンジカ年当り捕獲数の年代区分別推移

図11 ニホンジカ年当り捕獲数の年代区分別推移

 図11は,本種の年当り捕獲数の年代区分別推移を都道府県別にみたものである。これらは次のように類型区分される。

J字型:年捕獲数は年代を追う毎に急増する。

 北海道・岩手・群馬・岐阜・長野・三重・静岡・滋賀・奈良・兵庫・徳島・大分・態本・鹿児島

N字型:年捕獲数は増→減→増と変化する。

 神奈川・福岡

V字型:年捕獲数は減→増と変化する。

 京都

lo型:年捕獲数は低レベルで変化する。

 茨城

S字型:年捕獲数は急増漸増に移る。

 宮城・愛知・大阪3)

逆V字型:年捕獲数は増加して減少を示す。

 福島・山形・東京・福井・石川・新潟・山梨・島根・鳥取・山口・岡山・愛媛・香川・長崎・佐賀

逆N字型:年捕獲数は減→増→減を示す。

 栃木・埼玉・高知

D型:年捕獲数は減少傾向を示す。

 千葉・広島

 ただし,茨城・福島・山形・新潟の各県は本種が生息していない,あるいはかなり以前に絶滅しているにもかかわらず,捕獲が記録されているのは,他県での捕獲でも居住地の自治体に報告させるという狩猟登録制度のためである。

 北海道は昭和20年代,神奈川県・山梨県は昭和30年代にそれぞれ捕獲禁止措置がとられている。高知・福井・島根・山口・岡山・愛媛・香川・長崎・大阪・千葉・広島・沖縄の12府県では,現在,全域あるいは一部の地域で捕獲禁止措置がとられている。これらの措置は,地域の個体群の衰退に応じたものと考えられる。すでに絶滅あるいは個体群の衰退傾向の著るしい地域では捕獲禁止措置がとられるべきである。

 表7は,都道府県別にみた本種の周年生息区画数当り年平均捕獲数(昭和40年代)である。表8は,これをさらに区分別表示したものである。

表7 都道府県別ニホンジカ周年生息区画数当り年平均捕獲数(昭和40年代)

表8 都道府県別ニホンジカ周年生息区画数当り年平均捕獲数(昭和40年代)区分別表示

 本種の狩猟は雄だけに限られているが,有害駆除の場合はこの限りではなく,雌も捕獲される。しかも狩猟者が捕獲個体を重複登録している場合が少なくなく,しかも報告は居住地の自治体になされるから捕獲地点を正しく反映しているとは限らない。殆んど生息していない愛知県あるいは大阪府などで多くの捕獲報告がみられるのはこのためであろう。したがって,この捕獲数統計から傾向を読み取るのはいろいろ困難な点が多いのだが,少くとも次の点は指摘出来るだろう。

 周年生息区画当り年平均捕獲数が10頭以上の区分T,Uを示す地域は,余程勢力の大きい個体群でない限り,狩猟圧が過重であることが考えられる。またそれ以下の区分でも,保護上分布域拡大の必要のある地域では,現在の狩猟圧が過重になっている場合が少なくないと考えられる。

6 本種個体群の地理的分布構造と生息動向

 前報(第2回自然環境保全基礎調査,動物分布調査報告書,哺乳類,1979)で指摘したように,本種の生息状況は今回の調査対象となった哺乳類8種の中ではニホンザルとともに最悪の状態にあるといってよい。カモシカの生息状態(丸山・古林,1979)と比べても同様である。すなわち,生息区画数は4,089区画,25.4%にすぎず,周年生息区画数は1,963.5区画(12.2%)とさらにわずかである。

 本種個体群の衰退状況は,区画数だけではなく,その分布が地理的に寸断されている状況にもみることが出来る(表9)。このような生息域寸断による地域個体群の弱小化は,明治以降の地域的絶滅によっても促進されたことが考えられる。このような絶滅区画集中地域は次の16地域である。1)渡島半島茅部 2)栃木県那須・福島県東白河 3)群馬県中部 4)東京都西北部 5)静岡県西部・愛知県東部 6)岐阜県中部 7)石川県能登半島 8)福井県中・北部 9)大阪平野周辺部 10)広島・島根県境部 11)四国西南部 12)宮崎県南部 13)福岡県西部・佐賀県東部 14)長崎県平戸島 15)五島列島 16)鹿児島県大隈半島。

 結果的には,本種は東北地方では五葉山,牡鹿半島・金華山島を除いて全く分布せず,中部地方も豪雪の北陸地方を中心に非生息地域が広がっている。中国・四国・九州地方での分布もきわめて疎らで薄くなっており,不安感を抑え切れない。

表9 ニホンジカの周年生息区画の地域的集中状況

 ところで絶滅区画は季節的一時的出現区画とともに,周年生息区画を取り囲むように分布している場合が多い。これは多くの場合,絶滅過程の一段階を示しているとみてよいように考えられる。もちろんこの反対の回復過程を示す場合も考えられるが,それは捕獲制限が長期間にわたってとられている地域の場合のことである。

 日本列島における本種の出現は比較的新しくウルム氷期も後期になってからと考えられるので,本来の生息域は,ウルム氷期以後分離した北海道をはじめとした本島と周辺島喚ということになる。隠岐島,佐渡島などに本種が生息しないのは,現在本種が生息している屋久島,種子島,五島列島,対馬列島,瀬戸内海諸島に比べて島の成立隔離がはるかに古いためである。本種の地理的自然的分布の変動は,気候の寒暖に対応した多雪地帯の拡大縮少に対応し,本州では南北方向,北海道では東西方向の分布域の変動を示していたと考えられる。分布の中心はあくまで積雪あるいは無雪地帯であり,拡大方向は多雪地帯である(丸山 1981)。

 今日,地域的分布中心とでもいうべき個体群が分布している地域は,表9で示した周年生息区画が比較的広域にわたって連続して集中している地域とみられ,すべて寡雪地帯に位置しているこの地域の対森林生息区画率,周年生息区画率はいずれも高い値を示ている。特に奈良県,和歌山県を中心にした紀伊半島東南部はその可能性が最も大きい。他の地域ではこれに匹敵する集中部は見当らない。にもかかわらず,表6でみたように九州では他地方を抜きん出て強い狩猟圧が加えられているのは問題である。特に大分・宮崎両県で顕著である。他地方もこれほどではないが,それ相応の捕獲が行われており,将来が心配である。

7 引用文献

哺乳類分布調査科研グループ,1979,カモシカ・シカ・ヒグマ・ツキノワグマ・ニホンザル・イノシシの全国的生息分布ならびに被害分布,生物科学,31(2);98-112

梶 光一,1981,知床半島におけるエゾシカの保護と管理,知床半島自然生態系総合調査報告書(動物篇):145-163,北海道

MARUYAMA Naoki,Y.Totake and R.Okabayashi,1976,Seasonal Movement of Sika in Omote-Nikko Tochigi Prefecture,J.Mam.Soc.Japan 6(5,6)187-189

丸山直樹,常田邦彦,古林賢恒,野崎英吉,宮木雅美,小林史明,1977,関東地方におけるシカの分布―アンケート,ききとり調査による―,生物科学,28(4);28-38

丸山直樹,古林賢恒,1979,ニホンカモシカの分布域,生息密度,生息頭数の推定について,環境庁,48pp

丸山直樹,1981,ニホンジカ Cervus nippon TEMMINCKの季節的移動と集合様式に関する研究,東京農工大学農学部学術報告 23 pp85

三浦慎悟,1974,丹沢山塊桧洞丸におけるシカ固体群の生息域の季節変化,哺乳動物学雑誌,6(2):51-66

8 Summary

Factors Affecting The Geographical Distribution
of Sika Deer

 This report is concerned with the analysis of the geographical distribution of sika deer (Cervus nippon) and the factors affecting this distribution. The materials were compiled mainly by the Second Basic Survey of the Natural Environment. The grid squares inhabited by the Honshu sika (C.n.centralis) were rarely found in areas having more than 20 days of snow per winter and a snow depth of more than 50cm. As for the Yeso sika (C.n.yesoensis) which is a size larger than the Honshu sika, the limiting factor determining the distribution border of the animals, is probably more than 80 days of snow per winter with a snow depth of more than 60 cm. Thus, distribution centers of this species are probably located in snow-free areas. Grid squares inhabited by this species were concentrated in regions with forested areas of more than 70 percent in Honshu, Shikoku, and Kyushu and 40-70 percent in Hokkaido. Only Nara and Wakayama Prefectures, areas where the favorite forests of these animals are found, were highly inhabited by them. Analyzing imformation on the extinction and redistribution of this species and game hunting statistics, it is found that the low frequencies of habitation obtained for, it were possibly due to overhunting in the snow-free areas and, to the heavy snow fall in Tohoku, Hokuriku, and western Hokkaido. Thus,overhunting and over developments have progressively reduced the sika population. Large distribution ranges remain only in southeastern Hokkaido, northern Kanto, southwestern Kanto, southeastern Chubu, and Kinki Regions. Small, segregated populations may be vulnerable to rapid extermination.

付表1 シカの生息および絶滅に関する情報数

付表2 シカの生息・絶滅区画数およびそれらの全区画数に対する割合

付表3 各森林率区分におけるシカの生息状況

付表4 シカの年代別生息(見た)情報数

付表5 シカの年代別絶滅情報数

 

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