V 調査方法および情報処理方法の検討

 第2回自然環境保全基礎調査哺乳類分布調査は全国規模で聞きこみ調査を実施したという点においてわが国で最初の調査であった。したがって調査実施にあたって随所で混乱がみられたようであるが,調査が終了してデーターが集積されてきてみると,その中から得るところは極めて大きいものであった。

 本章では今後この種の調査が円滑に実施され,貴重なデーターが混乱なく作成されるために,今回の調査にあたっての若干の問題点を述べたい。

V−1 調査方法の問題点と今後の課題

 本調査の主要な目的は中・大型哺乳類の分布現況を把握することにあった。調査結果をみる限り,この第1義的な目的は達成されたと言ってもよいであろう。しかし調査結果を検討すると個々にいくつかの問題点が指摘できる。

 <調査方法>

 今回の調査は調査員が直接地域在住者に会って情報を聞きとる直接面接法が用いられた。これは郵送アンケート法に比べ情報が確実なこと,在住者がいる限りその区画の情報が入手し得ること等の利点があり,現在取り得る全国規模での分布調査の手法としては最良のものといってもよいであろう。しかし調査結果および情報内容を検討していくといくつかの問題点が指摘できる。

 まず第1点は情報提供者の情報がどこまで正確であるかということである。今回の調査では聞きとり対象者は林業作業員,営林署担当区職員,狩猟者といった地域の山林に詳しい人々が中心であった。哺乳類との出会いの機会は最もある人達と思われるが哺乳類を相手にした職業でないだけに情報を100%信頼し得る根拠はない。事実再アンケート調査によって本調査の結果が否定された地点もいくつかあった。

 またとりまとめにあたっても情報の信頼度を検証し得る手段がなかったことは今後の課題として残るところである。

 第2点は聞きとり調査者の情報取得能力の問題である。調査者の情報取得能力には大きな個人差があり,それによって情報内容の正確さ,情報量は大きく変わるものである。したがって調査者が調査意図,調査内容を正確に理解し情報提供者の選択も含めていかに情報を収集してくるかが調査の精度を高め情報量をふやす一つの決め手となるだろう。

 第3点は回答者不在区画の問題があげられる。今回の調査でも聞きとるべき対象者がいなかったため県境部や奥山で分布情報が空白になっている場合が多くあった。もっとも調査精度の項で述べたように,聞きとり対象者が不在の区画でも,隣接地域の回答者の情報がある場合があり,分布情報の空白区画はかなり少なくなっているが,地域によっては情報の得られていない区画が残っている。この空白部分をいかに埋めるかもまた調査の精度を高め分布域を確定するための大きな課題といえよう。

 <調査対象種の選定および種の同定について>

 聞きとり調査は対象種の同定という点で難点が多いため,今回の調査では誰れでも明らかに区別できるという基準で対象種8種が選ばれた。この基準からいえばカモシカを対象種に加えるべきであったと考えられる。

 本調査の対象種の中でアナグマは種の同定という点で最も問題であった。地方によってはアナグマを知らない人が多かったり,タヌキと混同されている可能性があることが報告されている。このような同定ミスを避けるために各動物のカラー図版を調査時に示すようにしたがアナグマに関してはそれでも混乱があったようである。

 今後の調査においては調査対象種をどのような基準で選ぶかまたその同定をいかにするか大きな課題となるであろう。

 <調査票および調査票記入上の問題点>

 調査票の設問項目,調査票記入状況を検討すると以下のことが問題点として指摘できる。

 調査票は,対象種の分布域を「見た」という確実な情報によって確定する意図で設計されているが,「聞いた」という設問項目も入れたため,この意図がややあいまいになっている。実際には「聞いた」という情報では,調査票の各設問項目について,ほとんど満足すべき内容は得られなかった。今後は,「見た」という確実な情報のみを得るような調査票にすべきであろう。

 「何頭くらいいますか」という設問は,「見た」という情報の内容を聞いているのか,あるいはその地域の推定頭数を聞いているのかが不明瞭であり,この点に関し,回答には明らかな混乱が見られた。例えば,「イノシシ300頭」という回答などはその地域の推定頭数を表わしていると考えられ,「見た」という情報の内容としては,不明確なものになってしまった。

 調査対象年数は昭和45年以降8年間と設定されたが,この期間はやや長すぎたと思われる。その理由として,イ)記憶が不鮮明になること,ロ)分布域の変動が起きることがあげられる。すなわち,同一調査票の同一地域に,生息,絶滅の両情報が記載されることが見られたが,これは調査対象年数が長いことが一因していると思われる。

 捕獲に関する取り扱いにも混乱が見られた。捕獲頭数が絶滅情報に記入されていることはこの混乱を表わしている。この点は「見た」情報の中に「捕獲」の項目を加え,さらに「捕獲頭数」「性別,オトナ・コドモの別」を記入する項目を加えることによって,より正確な情報を得ることができると思われる。さらに,その捕獲によって,その地域から対象種が「絶滅」したかどうか,の質問項目を設けるべきであろう。

 一時的出現に関する情報は,調査者によって,生息情報とするか,絶滅情報とするかの混乱が見られ,しかも,情報処理にあたって,そのいずれの情報として処理するのが適当か判断できない場合があった。一時的出現,季節的出現の情報は,対象種の分布構造を把握するためには重要であり,特に一項目を設け,これを,生息,絶滅のいずれかにふり分ける必要があると思われる。

 分布原図の記入にあたっては,情報の得られた地点を点として記入すること,および一つの情報地点と調査票の情報が対応することが原則であるが,この原則が無視されている場合もかなり見うけられた。また調査票に記載された場所名は,1/5万の地形図の地名に見当らないものが多く,分布原図からの地点読みとりを著しく困難にした。

 <コーディングおよびファイル作成上の問題点>

 今回の調査は,調査票総数44,853,情報数20万の規模の大きいものであった。したがってデーターの保存および集計解析のための内容はすべてコーディングされ磁気テープに入力された。情報処理方法は第1章で詳述したとおりである。本調査のファイリング方式は調査回答者を中心にファイリングしている。これは各県から出された調査票綴りが回答者番号順に綴られており,処理作業上やむを得ない措置であった。しかし実際に磁気テープを利用する段階では,メッシュコード順のファイルもしくは種別ファイルが必要となり再編集の必要を生じることになってしまった。

 またコーディング設計上の問題点としては分布原図の緯度,経度を9カラムとり入力したわけであるが実際には調査回答者が必ずしも調査区画の内だけの情報について答えていないこと,情報地点は8桁メッシュコードで入力されており,マッピングにあたってはメッシュコードだけで可能であること等を考えると若干問題が残るところである。

 今回の調査は情報数が多く,またコーディングすべき内容が調査票と分布原図の2つに分れていたため,その照合,コーディングに極めて多くの時間と労力を費やした。特に今回の情報処理では調査票それぞれが同じ価値をもつものであるだけにチェック作業にも多くの労力を使った。したがって今後この種の調査を企画するにあたっては,後の情報処理作業,チェック作業の能率を十分に考慮してなされることが必要であろう。

 

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