わが国における動物分布調査の初めは,古く8世紀初頭に溯る。風土記撰進の目的は,「その郡内に生ずるところの銀銅・彩色・草木・禽獣・魚虫等の物はつぶさにその品目を録」すことである。

 風土記が編纂されて以来,今日まで12世紀の歳月が流れ,この日本の風土の中でさまざまな文化が築かれてきたが,禽獣の現状をつぶさに記録することは,最近に至るまで行われてこなかった。

 自然環境についてのデータを全国的に整備することを目的として,昭和48年に開始された「自然環境保全基礎調査」は,植生,哺乳類,鳥類,両生類,爬虫類,淡水魚類,昆虫類の分布や海岸線海域河川湖沼の生物状況等を全国にわたって明らかにすることを目的とし,12世紀を隔て風土記に相対している。

 高度に工業化され,人口密度のきわめて高いわが国では,伝統的な自然環境は年毎に失われている。人間自身にとって望ましい自然環境を維持し,回復し,創造するためには,自然環境を構成している生命についての科学的な知識が必要である。

 「第2回自然環境保全基礎調査」の一翼を担った哺乳類の分布調査は,その精度と網羅性において従来の調査の限界を超えるものであり,風土の客観的把握に大きな力を与えると確信している。言うまでもなく,本調査は,日本の哺乳類相の一断面を切ったものであり,自然についての調査研究一般と同様に,哺乳類相の実態の把握のためには,長期的に調査が継続されることが必要である。哺乳類の各種が,発展,衰退のいずれにあるのか,という基本的な事実についての認識は,統一された方法による長期にわたる定期的な調査が必要である。「自然環境保全基礎調査」が5年毎に行なわれることは,この点に関しても大きな展望を与えるものである。

 ここで特筆しなければならないのはこれら全国規模での調査が可能になった背景に多くの研究者の長い年月をかけた研究の蓄積があったということである。ニホンザルに関する1923年(大正12年)の全国分布調査以来数次の調査,また中・大型哺乳類に関する1975年の哺乳類分布研究会による関東地方の分布調査,更に1976年〜77年の哺乳類分布調査科学研究費グループによる全国的な分布調査の蓄積があった。特に哺乳類分布研究会ならびに哺乳類分布調査科研グループによる分布調査の手法はそのまま今回の調査に反映されており,またその結果は今回の調査結果の検証に使用された。

 

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