3.陸水域の自然環境

 

3−1 湖沼調査

 

1.調査の目的と方法

(1)調査の目的

湖沼に対する人間の営為は、湖岸周辺の改変(護岸設置や埋立、工作物の建築)湖水への汚廃水の排出による水質の変化、意識的・無意識的な生物相の変化をもたらし、ひいては生物の生息環境の悪化やレクリエーション資源としての価値の低下を招く。

自然への人為の干渉は、狭隘な国土に凋密な人口を擁する我が国では、不可避的なものといえようが、すべてが無条件に容認できるものではないことはもちろんである。

人間が自然に働きかける場合には、その行為の必要性が厳しくチェックされなければならない。そして本来の自然の状態をベースに、人為により失われるものの評価を行いながら、人間の行為と自然との融和が図られるべきであるが、そのために必要な継続的・体系的調査はほとんどなされていないのが現状である。

このため、本調査においては、天然湖沼の自然性の消失を監視し、その保全を図るために、全国の天然湖沼を対象に注(1)、水質の総合指標であり、それ自体、価値の高いレクリエーション資源でもある透明度をはじめ、湖岸の改変状況等を調査し、代表的な湖沼(以下特定湖沼という)については、さらに魚類相についても調査した。

注(1)調査対象湖沼

今回の調査の対象となったのは、原則として我が国に存在する面積1ha以上の天然湖沼で、調査に当たってあらかじめ堀江(1962)による「本邦全湖沼の湖盆形態の特徴及びその分類」(英文)より480湖沼を選定し、これに北から南ヘ番号を付し湖沼番号とした。調査を委託された都道府県においては、必要と判断された湖沼については調査を実施する他、都道府県内の1ha以上の天然湖沼のリストも作成することとされた。

(2)調査の内容と方法

調査に当たって環境庁が定めた調査対象湖沼及びその他都道府県が必要と認める面積1ha以上の天然湖沼について、既存資料による調査と現地調査を実施した。

既存資料により概要を把握したのは、保全地域の指定状況、鳥獣保護区の設定状況、位置、成因、湖沼型、水面標高、面積、最大水深、平均水深、容積、湖岸線延長、水位変動、水温、結氷の有無、流入流出河川数、埋立干拓面積、水質、湖沼の利用状況、生物相の概要等であり(湖沼概要調査)、透明度、水温、PH、DO等の水質は、現地に赴き実際に測定を行い(透明度調査)、湖岸の改変状況、湖岸の土地利用状況、埋立・干拓の状況等については現地における観察によって調査を行った(改変状況調査)。

特定湖沼については、この他魚類の生息状況等を各種資料の収集・整理及び魚協等の聞き取りによって調査した。

調査結果は、調査ごとに所定の調査用紙に記入され都道府県ごとの報告書にまとめられた。但し、改変状況調査の場合は、2.5万分の1の地形図に湖岸や土地利用の区分を記入した上で、これを計測し、調査票に記入された。

(3)情報処理の内容と方法

都道府県ごとの報告書にまとめられた湖沼概要調査票、透明度調査票、改変状況調査票、魚類総括表の内容を点検整理したのち、コード化注(2)し磁気テープに収納した。

天然湖沼に関する各種の集計は、この磁気テープを利用して行った。集計に当たっては、湖沼の属性を強く規定すると思われる成因や湖沼型に留意しつつ、都道府県別の比較等を行った。

注(2)魚類コード

魚類コードは河川調査と共通のものとし以下のように定めた。

原色魚類検索図鑑(阿部宗明著)における魚類体系に準じて科コードを設定し、出現魚種コードを設定する。魚種コード(2桁)のうち00〜59は淡水魚コードとし、60〜99は海産魚コードとする。なお、淡水魚と海産魚の区分については、原色淡水魚図鑑(中村守純著)に収載されるものを淡水魚とし、その他を海産魚とした。

2.調査湖沼の概要

(1)調査湖沼数

最終的に調査されたのは全国で487湖沼であり、あらかじめ選定された480湖沼のうち14湖沼(湖沼番号66、196、203、205、219〜21、223〜24、280、286、291、345、428)は埋立て等による消失、その他の理由により調査されず、替わって宮城県(7湖沼)山形県(4湖沼)石川県(1湖沼)岐阜県(1湖沼)鹿児島県(1湖沼)の計13湖沼が追加され、北海道では4つの湖沼群(9、14、116、121)が一つ一つの湖沼として調査されたため4湖沼が11湖沼となった。この他、調査はされなかったが、1ha以上の天然湖沼として挙げられたものが合計416湖沼あった。しかし、このうちには明らかに人工的なものも含まれているので注意を要する。

都道府県別の調査対象湖沼数、面積、成因注(3)、湖沼型注(4)の内訳数等は(表3−1−1)に示すとおりである。調査された全湖沼の面積は2400.40km2でこれは国土総面積377,534.99km2(国土統計要覧)の0.64%に当たる。

北海道、本州、四国、九州(沖縄を含む)の別にみるとそれぞれ130湖沼(701.28ha)、329湖沼(1681.68ha)、1湖沼(0.18ha)、26湖沼(17.26ha)であり、四国、九州がきわめて少ない。本州においても湖沼の分布は偏っており、東日本に圧倒的に多い(面積的には琵琶湖の存在により差はほとんどない)。

成因別にみると、断層湖は福島、福井、長野、滋賀の4県に16湖沼が存在するのみであること、カルデラ湖は北海道、東北地方に集中しており、これ以外の地域では、神奈川、山梨、島根、鹿児島の4県に各1湖沼ずつ存在するのみであること、火山湖は本州の西南部には全くみられず(もちろん四国にも)、東北日本と九州にのみ分布すること、堰止湖は青森県に、海跡湖は北海道にきわめて多数存在すること、などにその分布の特徴をみることができる。

湖沼型別にみた場合には成因におけるほど特徴が顕著でないが、青森県に中栄養湖が多数分布すること、北海道に貧栄養湖のおよそ3分の1(面積では3分の2)が、同じく腐植栄養湖の2分の1(同4分の3)強が出現すること、などが指摘できよう。

調査した487湖沼のうち約13%にあたる64湖沼が汽水湖(塩分濃度500mg/l以上で海水の混入のある湖沼)であり、その42%が北海道に存在する。

調査対象湖沼を成因別にみると、全湖沼数の約6割を堰止湖(37.2%)と海跡湖(21.6%)で占め、断層湖、カルデラ湖の割合は少ない(7.6%)。これを面積でみると、海跡湖が最も多くなり(43.7%)、断層湖がこれに次ぎ(33.5%)、両者を合せれば全湖沼面積の8割近くを占める。

湖沼型についてみると、酸、鉄、腐植栄養湖等の非調和型湖沼は少なく、全調査対象湖沼の17.9%(87湖沼)であり、調和型湖沼は76.0%(370湖沼)を占めた。非調和型湖沼の中では、腐植栄養湖が圧倒的に多く87湖沼中66湖沼で75.9%を占めている。調和型湖沼では、多い順に富、貧、中となるが、非調和型にみられるほどの顕著な偏りはない。

面積でみると、調和型湖沼が圧倒的に多く(88.7%)、富栄養型、中栄養型、貧栄養型の割合はおよそ2:2:1であった。

注(3)湖沼の成因

湖沼の成因はさはざまであり、それは湖の各種の特性に深い関係をもつ。たとえば、火山性の湖であれば、その分布は火山の分布と一致するし、内湾が漂砂によって封鎖された海跡湖であれば、その形状は内湾や潟の特性をとどめている。また成因によって規定される各種の物理的特性(形態)は、その湖沼の化学的特性(水質)を強く規定する。たとえば、カルデラ湖は水深が深く、その容積に比して集水面積が小さいので透明度は一般的に高い。

ここでは成因を次のとおり区分した。(1)断層湖、(2)カルデラ湖、(3)火山湖、(4)堰止湖、(5)海跡湖、(6)その他。

注(4)湖沼型

湖沼の物理的・化学的あるいは生物学的性質の総合的類型。

(1)調和湖沼型(英harmonic lake type)は、生物に必要な条件が適度で、全生産や部分生産が正常で調和的なもの。(@)富栄養湖沼型と(A)貧栄養湖沼型両者の中間型の(B)中栄養湖とがある。(2)非調和湖沼型(英disharmonic lake type)は、生物の生活に不必要な物質あるいは条件が過量にあり、生産は一般に小で、部分生産が非常に不調和なもの。(B)腐植栄養湖沼型。(C)アルカリ栄養湖沼型。(D)鉄栄養湖沼型、(E)酸栄養湖沼型がある。

(3)成因と湖沼型の関係

成因別に各湖沼型の占める割合をみると、富栄養湖の占める割合が大きいのは、断層湖(10湖沼、62.5%)、海跡湖(54湖沼、50.5%)であり、これに中栄養湖を加えれば、断層湖は14湖沼、81.3%、海跡湖は62湖沼、60.6%となる。一方、貧栄養湖が高率を占めるのはカルデラ湖(16湖沼、76.2%)、火山湖(30湖沼、51.7%)である。堰止湖においては、富、中、貧栄養湖の各型がほぼ等率で出現している(表3−1−2)。

面積的にみると、断層湖では琵琶湖の存在が大きく影響して、中栄養湖が圧倒的に多い。カルデラ湖では貧栄養湖が大きく、海跡湖は富栄養湖と、それぞれの特色が表われた。

非調和型湖沼は、断層湖やカルデラ湖には少なく火山湖では、酸栄養湖、海跡湖では腐植栄養湖の存在が目立つ。

以上をまとめれば次のようにいえよう。

・断層湖− 調和型湖沼がほとんどで、富、中栄養湖の比率が高い。
・カルデラ湖−調和型湖沼がほとんどで、貧栄養湖の比率が高い。
・火山湖− 非調和型の湖沼の比率が比較的高く、このうちでは酸栄養湖が最も多い。調和型湖沼では貧栄養湖が多く、全体では貧栄養湖、酸栄養湖の多いことを特色とする。
・堰止湖− 各型が平均的に分布している。
・海跡湖− 富栄養湖及び腐植栄養湖の割合がやや大きい。
・その他− 富栄養湖と腐植栄養湖の比率がやや高い点で、海跡湖の構成と似るが、他の非調和型湖沼もある程度出現し、非調和型湖沼全体の占める割合がやや高い。

(4)成因、湖沼型別の湖沼の形態的及び理化学的特徴

湖沼の面積や深さ、標高や各種の水質について成因、湖沼型別にデータをとりまとめ、比較した(表3−1−3表3−1−4表3−1−5表3−1−6図3−1−1図3−1−2図3−1−3)。

(ア)面積

全体の平均は4.94km2で、最大は琵琶湖の669.29km2である。最小値は、調査対象が1ha(O.O1km2)でありながら4捨5入しても1haに満たないものが含まれておりそれらがO.OOkm2とされた。

成因別では断層湖が大きく(47.37km2)、次いでカルデラ湖(17.16km2)海跡湖となり、堰止湖以下は1km2と小さかった。

面積について1km2を最小単位として階級化し、それぞれの階級に属する湖沼数の比率を示すと図3−1−1の通りとなる。

さらに面積は10-2km2〜102km2の範囲をとるので、10km-1km2未満、1km2未満の区分をそれぞれ10等分し、各成因ごとに湖沼数を示すと表3−1−4の通りであった。

(イ)水深

水深についてはデータのある率がやや低く(最大深は、調査湖沼の78.7%、平均水深は53.1%)、ここではデータ量の比較的多い最大深のみ検討した。

データの存在する湖沼全体の平均値は16.03m。最大水深は田沢湖の423.0m、最浅の湖沼は白紫池の0.3mである。

成因別にみると、カルデラ湖が103.9mと著しく大きく、断層湖、堰止湖、火山湖、その他海跡湖、不明の順であるが、前4者と後3者では明瞭な差がある。

湖沼型別にみると、調和型湖沼では富栄養、中栄養、首栄養湖の順に水深が大きくなり、非調和型湖沼では酸栄養湖が大きく、腐植栄養湖が小さい。

最大・最小値についてみると、各湖沼群の最大値は平均値の順とよく一致している。最小値は2.2〜0.3mと変動の幅が小さい。

最大水深の頻度分布をみるために、水深を1mを最小単位として階級化し、各階級ごとに湖沼数を求めたところ、40mまでに全体の94.1%、354湖沼が含まれた。これ以深のものは表3−1−4に湖沼名と水深を掲げた。

成因別にみると、カルデラ湖で100m以深の出現頻度が高く、海跡湖で大部分が10m以浅である他は、20mのところに出現頻度の山が存在する。湖沼型別では富栄養湖は海跡湖に類似したパターンを示し、中、貧栄養湖では20mのところに山がある。

(ウ)水面標高

調査対象湖沼の水面標高の平均値は439mであり、最も高標高の湖沼は二ノ池で海抜2905mのところにあり、低標高のものは油ケ淵で、その標高は-1mであった。

成因別にみると、平均標高の高い順に火山湖、堰止湖、不明、カルデラ湖、その他、断層湖、海跡湖となる。このうち、火山湖の平均標高がきわめて高く、海跡湖のそれが低標高地に集中していることがきわ立っている。

湖沼型別にみると、調和型湖沼では平均標高は富栄養型、中栄養型、貧栄養湖の順で高く、非調和型では腐植栄養湖、鉄栄養湖(1湖沼のみ)、酸栄養湖の順で、全体を通して最も高いものは酸栄養湖である。

頻度分布をみるため、標高を1OOmごとに区分し、それぞれの区分ごとの出現頻度を求めたが(図3−1−3)、100m以下のところに50%近くが集中した。断層湖では100m以下に60%近くが集中し、800〜900mのところにやや高い出現頻度がみられる。カルデラ湖では100m以下と200〜300mのところに頻度の高い山がみられる。火山湖でも100m以下に最も高い頻度で出現するものの集中度は他のものと比べて低い。また、分布範囲は全成因中最も広く、全体に一様に近い分布を示している。堰止湖では、分布範囲は火山湖に次いで広いが、100m以下に30%が集中し、800mまでに74%が分布する点で、火山湖とは分布形式を異にする(海跡湖は25m〜-1mの間に集中するため、図は省略した)。

富栄養湖の頻度分布範囲は、100m以下に75.5%が存在する集中型の分布であり、これを除けば富栄養湖とそれほどの差は認められない。貧栄養湖の分布範囲は広く、かなり一様な分布をしているが、100m以下と200〜300m及び2600mのところに頻度の山がある。

(エ)透明度

透明度は湖沼の水質の総合的指標と考えられているが、測定時の条件の微妙な差により値が大きく変化したり、降雨や気温の変化により生ずる流入物質や水中プランクトンの増減によっても大きく変動し、再現性は低いので、その扱いには注意が必要である。

しかし、今回の湖沼調査における透明度調査は、同一年の比較的限定された時期に全国一斉に行われたという点で未曽有のものであり、そのデータは貴重なものである。

データを視覚的に把握できるよう図3−1−4に示した。水深が比較的小さい湖に全透な湖沼が多いことに注意する必要はあるが、概略カルデラ湖の透明度が高く、海跡湖は低いといえる。同一成因の中では、当然のことながら貧栄養湖の透明度が高い。

(オ)水温

各湖沼の水温の代表値は、各測点における測定値の総和を測点数で除したものである(P・H、D・Oも同様)。

成因別にみると、海跡湖の平均値が最も高く、断層湖、その他、不明、堰止湖、火山湖、カルデラ湖の順となる。最大値をみると、多くは30℃前後であるが、断層湖の33.1℃(三方湖)カルデラ湖の24.3℃(蛇池)はややかけ離れた値である。最小値では最も低いのはカルデラ湖の7.8℃(摩周湖)で、最も高いのは断層湖の14.1℃(青木湖)であった。最大値と最小値の巾が最も小さいのはカルデラ湖で、逆に大きかったのは堰止湖であった。これにはそれぞれの形態的特性と密接な影響があるだろう。

湖沼型別にみると、調和型の湖沼では富栄養湖、貧栄養湖、中栄養湖の順となる。貧栄養湖の水温の平均が中栄養湖を上回るのは、貧栄養湖には多数の小湖沼があり、その水体の小ささにより、夏期の外気温の影響を受けたものと解すことができよう。非調和型湖沼では酸栄養湖の水温は腐植栄養湖のそれより低い。

(カ)P・H

P・H、すなわち水体中の水素イオン濃度について成因別にみると、カルデラ湖、火山湖と海跡湖を除いては、7前後、ほぼ中性と考えてよく、カルデラ湖、火山湖ではそれぞれ6.6、5.8と酸性となり、海跡湖では7.9とアルカリ性を示す。各成因内で最大値、最小値をみると、最大値はいずれも7以上でアルカリ性を示し、最大値は7以下である。特に顕著な値を示したのは、大池(姥捨上)(断層湖)、青海湖(海跡湖)のP・H9.9、湯釜(火山湖)のP・H1.2であった。

湖沼型別にみると、調和型湖沼では、富栄養湖、中栄養湖、貧栄養湖の順に、弱アルカリから弱酸性へと移行している。非調和型では、酸性湖はもちろん4.3と酸性(ただし最大値はニクル沼の7.1であった)で、腐植栄養湖は7.0と中性であった。上述の9.9という強アルカリ性の湖沼は、富栄養湖と中栄養湖に属するものであった。強酸性の湯釜はもちろん酸性湖である。

(キ)D・O

D・O、すなわち溶存酸素量の平均値は成因別、湖沼別を問わず7〜8ppmの間にあった。成因別では海跡湖が8.02ppmと最も高く、次いで不明、カルデラ湖、堰止湖、断層湖、その他、火山湖となる。各成因を通じて最も溶存酸素の多かったのは堰止湖である湧池(長野県)の17.90ppm、逆に少なかったのは火山湖の潟沼(宮城県)の1.25ppmであった。

湖沼型別では、調和型湖沼では、貧栄養湖、富栄養湖、中栄養湖の順に溶存酸素は少なくなり、非調和型湖沼では腐植栄養湖>酸栄養湖であった。最高値を示した湧池は富栄養湖であった。

 

3.湖沼の改変状況

 湖岸線の改変や湖岸の土地利用、さらには湖沼の水質や生物相の変化は、人間のさまざまな活動の所産であり、それは湖畔の地形や湖の標高等に大きく影響されるであろう。

 したがって、ここでも湖沼の形態や分布を規定する成因や水質や生物生産の指標である湖沼型別に調査データを整理した。

(1)湖岸線改変状況

湖岸の改変状況について成因別に集計し、表3−1−7表3−1−8にまとめた。これによると、自然湖岸率の高い順に、火山湖、カルデラ湖、堰止湖、その他、不明、海跡湖、断層湖の順となる。不明区分を除くと、上位4区分と下位2区分では、それぞれ70%以上と50%以下とかなり明瞭な差がみられる。

一方、人工湖岸率では、自然湖岸率における上位湖沼が低いのは当然であるが、火山湖のそれが著しく低いことと堰止湖とその他では順位が逆転していること、下位(自然湖岸率)の海跡湖とカルデラ湖でも順位が逆転し、海跡湖の人工湖岸率がかなり高いことなどが指摘できる。

(2)湖岸の土地利用状況

水際線より100mの範囲の土地の利用状況を「自然地」「農業地」「市街地・工業地」に区分しそれぞれの比率を求めたところ、湖沼全体では23.0%が農業地、16.6%が市街地・工業地として利用されていた(表3−1−9表3−1−10)。(1)と同様、成因別、湖沼型別に比較すると、農業地の比率は、成因別にみると海跡湖、断層湖、カルデラ湖、火山湖、堰止湖(不明、その他は除外)、湖沼型別にみると富栄養湖、中栄養湖、腐植栄養湖、酸栄養湖、貧栄養湖の順に多く、市街地・工業地の比率は、成因別では断層湖、海跡湖、カルデラ湖、堰止湖、火山湖、湖沼型別では中栄養湖、富栄養湖、酸栄養湖、貧栄養湖、腐植栄養湖の順となった。

(3)改変の少ない湖沼

湖沼は比較的、独立性の高い系と考えられるので、タイプ別に集計するだけでなく一つ一つの湖沼の状況についても検討した。ここでは、湖岸の水際線が全く改変されておらず、湖岸周辺も自然状態が保たれている湖沼(以下非改変湖沼とする)の存在状況を明らかにした。

非改変湖沼には調査全湖沼の約半数に当たる227湖沼が該当した。成因別にみると、断層湖には全くみられず、これに次いで出現率の低いのは海跡湖(当該区分の約4分の1)で、逆に高いのは総数の4分の3が非改変湖沼である火山湖であった(表3−1−11)。

非改変湖沼の規模は一般にきわめて小さく、湖岸線の延長が3km以下のものが全体の85%を占め、5km以上のものはわずか20湖沼にすぎなかった。非改変湖沼で最大のものは摩周湖であった(表3−1−12表3−1−13)。

(4)改変の進んだ湖沼

改変の進んだ湖沼として、湖岸線が50%以上人工化し、湖岸の30%以上が市街地・工業地である湖沼を摘出したところ、該当するものが17湖沼あった。成因別にみるとカルデラ湖、火山湖には一つもなく、最も多いのは海跡湖で6湖沼あった。他は成因が不明のものを除き3湖沼づつあったが、このうち断層湖は全体で16湖沼しか存在しないので比率はきわめて高いといえる。規模でみると湖岸線延長が10kmを超える湖沼が7湖沼と最も多い点は非改変湖沼と対照的である。一方2km以下の4湖沼のうち3つまでが100%人工湖岸でかつ周囲はすべて市街地・工業地という高度に改変の進んだ湖沼であった(表3−1−14)。

(5)埋立て・干拓

埋立てや干拓の行われている、あるいはすでに完全に埋立てられてしまった湖沼の数は全国で52湖沼で、このうち、完全に消滅したのは次の5湖沼である:仏沼(2.43km2)、甲田沼(0.78km2)、八太郎沼(0.12km2)、北沼(0.13km2)−青森県、太田沼(O.18km2)−三重県。

面積にすると現存湖沼面積の11.9%にあたる約288km2が埋立てられた。ただし、これは我が国第2の湖秋田県の八郎潟の干拓事業による166.57km2によるところが大きい。この他に1県あたり5km2以上の比較的大面積が埋立て又は干拓されているのは、宮城、茨城、千葉、石川、滋賀、島根の6県で、先の秋田県の分と合せると27l.19km2で全埋立・干拓面積の約94%となる。

主な湖沼(埋立・干拓面積、1km2以上)を挙げると以下のとおりである。

洞爺湖(2.94km2)−北海道、十三湖(2.41km2)、仏沼(2.43km2)−青森県、伊豆沼(3.37km2)、長沼(1.15km2)、鳥の海(1.01km2)−宮城県、八郎潟(166.57km2)−秋田県、霞が浦(10.44km2)−茨城県、与田浦(2.95km2)、手賀沼(4.81km2)、印旛沼(14.07km2)、乾草沼(1.02km2−千葉県、福島潟(2.2km2)−新潟、邑知潟(3.74km2)、河北潟(14.98km2)、柴山潟(3.40km2)一石川県、浜名湖(3.18km2)−静岡県、琵琶湖(28.75km2)−滋賀県、中海(9.37km2)、宍道湖(2.17km2)−島根県、諏訪湖(1.2km2)−長野県。

埋立、干拓の行われた湖沼を成因別にみると次のとおりである(表3−1−15)。

成因別にみると、堰止湖と海跡湖が多く、特に海跡湖は埋立面積の80%近くを占める。これに断層湖を加えると埋立面積は98%を超え、埋立・干拓の対象は断層湖、堰止湖、海跡湖に限られるといってよい。

また、殆どの湖沼が100m以下の平地に在り、比較的高標高の湖沼は、河口湖、(832m)、諏訪湖(759m)の2湖沼のみである。

 

4.保全地域の指定状況

 自然公園及び自然環境保全地域(保全地域と総称)の指定の有無を成因別、湖沼型別に整理したところ、調査全湖沼487のうち、その一部又は全部が保全地域に含まれていたのは、約6割の279湖沼であった。このうち国立公園には湖沼全体の約29%、140湖沼が含まれ、国定公園には全体の約18%、86湖沼が含まれていた。都道府県立自然公園の場合は全体の約10%、45湖沼に過ぎず、国立公園に匹敵する占有面積の割には(国立:20204km2、県立:20373km2)湖沼を含む割合は小さい。自然環境保全地域では都道府県自然環境保全地域に8湖沼が含まれるのみで、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域に含まれる湖沼は一つもなかった。

 成因別にみると、断層湖、カルデラ湖、火山湖の各グループは保全地域に含まれる割合がきわめて高く、堰止湖は平均並み、海跡湖はやや低かった。湖沼型別では貧栄養湖及び酸栄養湖の割合が高く、富栄養湖の割合はやや低かった(表3−1−16)。

 保全地域を湖沼のタイプによって、代表させると次のようになる。

・国立公園:カルデラ湖、火山湖、貧栄養湖、酸栄養湖。

・国定公園:断層湖

・県立自然公園:海跡湖

・自然環境保全地域:全体に湖沼が少ない。

 保全地域の湖沼の改変状況、土地利用状況についてみると、国立、国定公園内の湖沼では湖岸の人工化率は平均値より低かったが、都道府県立自然公園、都道府県自然環境保全地域ではいずれも40%以上で平均より著しく高かった。又湖岸における市街地・工業地の占有率では、国立公園内の湖沼が平均より低い他はいずれも平均値より幾分高かった(表3−1−17表3−1−18)。

 

5.特定湖沼の魚類相

 環境庁の指示する61の特定湖沼について、既存資料や聞きとりに基づき魚類相の調査を行った。

 この結果を科ごとの種類数により整理したものが表3−1−19である。

 種別の生息状況一覧表は資料編に示した。

 これらに基づき各種の検討を行った。

(1)湖沼別にみた魚類相

ア 生息魚類相の豊かな湖沼

生息魚類の多い湖沼から順に5湖沼を挙げる。

@ 河北潟(海跡湖−富栄養湖) 58種

A 霞ケ浦(海跡湖−富栄養湖) 54種

B 涸 沼(海跡湖−富栄養湖) 53種

C 北 浦(海跡湖−富栄養湖) 53種

D 琵琶湖(断層湖−中栄養湖) 52種

注)本報告書による魚種分類における種数であり、都道府県別報告書においては、海産魚とみなされる種も多く収載されている。

他の成因では、カルデラ湖−芦ノ湖(22種)、火山湖−榛名湖(13種)、堰止湖−印旛沼(32種)であった。

イ.生息魚類相の貧弱な湖沼

@ 宇曽利山湖(カルデラ湖−酸栄養湖)1種

A 大路池  (火山湖−富栄養湖)  2種

B 新澪池  (火山湖−富栄養湖)  2種

C 菅 沼  (堰止湖−貧栄養湖)  2種

D 大 池  (その他−富栄養湖)  3種

(2)魚種ごとの分布状況

ア.広域に分布するもの

広域に分布するものとして各成因の湖沼にすべて出現し、かつ30以上の湖沼に生息するものを摘出したところ次の3科5種が該当した。

ワカサギ科−ワカサギ、コイ科−ウグイ、オイカワ、コイ、ウナギ科−ウナギ

なお、各成因の湖沼すべてに出現するが、出現湖沼は30に満たないものとしてコイ科−ゲンゴロウブナ(29)ドジョウ科−ドジョウ(28)ナマズ科−ナマズ(25)の3科4があげられる。

イ.特定の成因、湖沼型の湖沼にのみ出現するもの

成因別にみると、断層湖では13種類が特異的に出現しているが、このうちの半数以上の7種類がコイ科の魚類であった。カルデラ湖には2種(池田湖のオオウナギとティラピア・ニロチカ(移殖魚))、堰止湖には3種類(火山湖には0)と少ないのに対して、海跡湖では39種類の特異的出現が認められた(このうちの13種類は、ニシン、カタクチイワシ、カマス、ボラなどの海産魚、汽水魚である)。

調和型湖沼の富栄養湖、中栄養湖、貧栄養湖、非調和型湖沼の酸栄養湖、腐植栄養湖の各湖沼型には、特異的な出現傾向は認められなかった。

 

6.まとめ

 我が国に存在する面積1ha以上の天然湖沼を対象に、物理的(形態的)、理化学的(水質等)性質や改変状況を調査した結果、きわめて多くの、かつ貴重なデータを収集することができた。

 このデータを成因や湖沼型などのタイプ別に整理したところ、湖沼の本来的な属性である形状や水質の他、湖岸や湖岸周辺の土地に対する人為の加わり方にも、タイプ間に特徴的な相違が認められた。この相違は、つまるところ、湖沼の存在する位置が人間の生活圏からどの程度隔たっているか、あるいは湖沼の集水域内にどの程度の人口集積があるかなどによって生ずるものと考えられた。

 すなわち、火山性の湖沼や、北海道の東北部に多い腐植栄養型の海跡湖などでは、人為的な改変が少なく、東北地方以南の、比較的低標高で平坦な地域に存在する海跡湖や断層湖は改変の程度が大きかった。又特定湖沼における魚類の調査では、海跡湖や断層湖の魚類相は他のタイプよりも著しく豊富であり、生物生産の場としての重要性が示された。

 湖沼の改変状況を将来にわたって監視、時に応じて保全のための適切な対策を講じるためには、湖沼の本来的な特質を十分把握する必要があり、本調査の成果は、そのための重要な基礎資料となり得るものと考えられる。

 

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