2−5 動物分布調査(両生類・は虫類)

 

1.調査及び集計・整理の目的と方法

(1)目的

動物分布調査の一環として行われた両生類・は虫類分布調査は、我が国に生息する両生類・は虫類注(1)のうち、分布域が局限され、かつその生活様式が人為の影響を受け易く、今後急激な減少や地域的な絶滅の危険性があるものや、学術上重要であると思われるものとして、無尾両生類(カエル)6種及び亜種、有尾両生類(サンショウウオ)18種及び亜種、は虫類10種を選定し、その分布域や生息状況を調査したものである(表2−5−1)。

選定された種又は亜種は概して人間生活とは関係の薄いものが多いため、無意識的に生息地が破壊されることが多かったと思われる。このようなことを避けるためには、現況把握を早急に行い、このような生物の保護に対する関心を喚起する必要がある。

この種の全国的な分布調査は、両生類・は虫類においては前例がなく、分布と生息に関するより正確な情報の把握は今後の調査に待つ必要がある。今回の調査では、今後の分布調査の基図となるべき分布図の作成と、動物地理学、分類学上の重要性や生息状況から、それぞれの種の位置を極力明らかにすることに努めた。

注(1)我が国に生息する両生類はサンショウウオ目(有尾類)21種及び亜種(種レベルで統一すれば16種)、カエル目(無尾類)38種及び亜種(同30種)である。又は虫類はカメ目12種、トカゲ目71種及び亜種(種レベルで統一すれば63種)である。調査は主として、既存資料、その他の知見の収集等により、都道府県単位で実施し、調査項目は、生息地の位置、生息環境の概要、保護の現状であり所定の調査票に従って記入された。

 

(2)調査の内容と方法

調査では種ごとに生息地の位置、生息環境の概要、保護の現状などを明らかにするため現地調査、文献、聞込みおよび標本等の既存資料を基礎とし、出来るかぎり現地確認に努めた。調査の実施に当たっては、専門研究者55人を調査員に委嘱し、調査員には都道府県単位の担当および調査種別の担当をそれぞれ依頼した。

都道府県の担当調査員は、他の研究者の協力も得て各都道府県内における調査を行い、調査種別担当員は担当種についての調査結果のチェック及び助言等にあたった。

なお、担当以外の地域あるいは種についても、全調査員の近年の知見を交換した。

調査結果は、各都道府県担当の調査員が、他の調査員から提出された資料も含めて検討し、それぞれ次のような分布図及び調査票をとりまとめた。

ア 両生類・は虫類分布図

 国土地理院発行1/20万地勢図に調査地点を表示した。

イ 両生類・は虫類調査票

調査結果は、種別、地点別に「両生類・は虫類調査票」に記入した。

なお、分布図と調査票には、両者を対照し得るように地図番号、対照番号を都道府県別に記入した。

ウ 調査概要のとりまとめ

以上の結果を総括し、調査対象とした両生類・は虫類の生息状況および生息環境の現状についてその概要を都道府県別、調査種別にとりまとめた。

(3)情報処理の内容と方法

都道府県別に得られた調査票、両生類・は虫類分布原図(20万分の1地勢図に記載)をもとに、両生類・は虫類の全国分布図の作成および調査票内容の点検、磁気テープ入力作業の2作業を中心に行った。

ア 地図処理

全国47都道府県で作成された分布原図から、調査票の情報に対応する生息地点(又は生息地域)をデジタイザ−(座標解析機)で読み取り、それらの地点座標を経度・緯度に変換して、種別に自動製図機によりプロットした。

これとは別に日本列島の海岸線および都道府県界を20万分の1地勢図よりデジタイザーにより読み取り、経・緯度変換処理を行った後、地図描画プログラム注(2)により自動製図機で作図した(図2−5−1)。

イ 種別調査結果とその考察

調査対象種の属性や生息分布状況をできるだけ正確に把握するため、総括委員会が設定され、各委員がそれぞれ専門とする種を担当し、調査票の記載データのほか他の知見をも加えて種別に総合的な検討を行った。その主要な内容は、種の概説、生息環境、生活史、地理的分布と現状況、保護上の問題点等である。

 

注(2)国立科学博物館金井弘夫氏の開発した分布図自動作図プログラムKLIPSである。

2.調査結果の概要

 今回の調査で得られた資料(生息地点ごとに作成された調査票)数は、合計4984、その内訳は、モリアオガエルの1179を最高に、ハコネサンショウウオ442、トウキョウサンショウウオ357、クロサンショウウオ350、カスミサンショウウオ349と続き、オットンガエル、アベサンショウウオ、キタサンショウウオ、オビトカゲモドキ、タイマイなどのように10に満たない情報数の種も見られた。情報数の多少はその分布域の広さに関係しているようであるが、必らずしも完全な一致はしていない。

  絶滅についての情報は56。内訳はモリアオガエル10、オオサンショウウオ3、カスミサンショウウオ9、トウキョウサンショウウオ13、ツシマサンショウウオ1、オオイタサンショウウオ2、クロサンショウウオ4、ブチサンショウウオ2、ヒダサンショウウオ1、オキサンショウウオ3、オオダイガハラサンショウウオ3、セマルハコガメ3、アカウミガメ1であった。しかし、種類によっては、ここに報告された以外に、なお数多くの絶滅記録が存在すると考えられる。

  両生・は虫類の生息地・生息数に及ぼす環境圧としては、森林伐採・人工林化、海岸・池沼の埋立て、ダム建設・河川堰堤構築、水質汚濁、宅地造成、スキー場・ゴルフ場・その他の観光開発などが主要なものとして挙げられたが、そのほかにも、道路建設、牧場化、農薬散布、岩石の搬出、乱獲などが少数ながら指摘された。内訳は、森林伐採などの影響例45、ダム建設などの影響例47、埋立て14、水汚濁17、宅地造成など20、観光開発46、その他107であった。観光開発の影響が高い比率を占めていることは注目されてよいであろう。

  調査対象種の分布状況や生息環境、環境圧の種類等についての概要は「生息状況一覧表」(表2−5−2)に示した。これには電算機による機械的集計だけでなく、専門委員会による考察の結果を加味してある。

3.調査対象種解説

 両生類・は虫類分布調査において調査対象となった両生類24種、は虫類10種について、分布や生活史、人為的影響の種類と程度などを中心に解説を加えた。

 本文は、第2回自然環境保全基礎調査、動物分布調査報告書(両生類・は虫類)全国版その2、にまとめられた専門研究者による種別解説より必要部分を抜粋し再編集したものである。全国版報告書の解説文は、綿密な引用によって記載されているが、本解説においては原則として引用文献を明記しなかった。

 

1)ダルマガエル  Rana brevipoda brevipoda R.ITO

ダルマガエルは日本産の両生類のなかでは次の2点で特に注目に値する種類である。すなわち(1)ながらくトノサマガエルと混同されてきたこと、(2)自然の種間雑種形成、遣伝子移入(introgression)の好個のモデルであることである。近年は高校生物の教科書にも取り上げられ、核細胞質雑種の研究材料としても使用されている。

岡山大学教育学部の守屋勝太は1950年代に日本各地からトノサマガエル・ダルマガエル群を採集して、それらの形態、発生、人為的雑種の繁殖能力などについて広範な研究を行い、その結果に基いてトノサマガエル・ダルマガエル群に5地方種族を区別した。すなわち、1トノサマ種族、1新潟中間種族、3東京中間種族、4名古屋ダルマ種族、5岡山ダルマ種族である(守屋、1955)。これらの結果をさらに検討してKawamura(1962)は1をトノサマガエル  Rana nigromaculata Hallowell、23をトウキョウダルマガエルR.brevipoda porosa(Cope)、45をダルマガエルR.b.brevipoda ITO)とした。

本種は生息地域の低湿地帯の水田、その側溝、用水路、小河川、水際の泥地、草陰などに生息し、一部の地域では丘陵地の水田にもみられる。近似種のトノサマガエルと比べて水辺を離れることが少ない。名が示すように体はずんぐりとしてトノサマガエルより跳躍力がおとる。成体の体長は雄4.5〜6.0cm、雌5.6〜6.5cmで雌が大きいが、体色、斑紋についてはほとんど性差は認められない。

ダルマガエルの繁殖期はかなり長く、地域によって5月上旬から7月中旬に及ぶ。岡山付近ではふつう6月上旬から7月上旬で、ほぼ同所的に生息しているトノサマガエルと比べると約1月おそい。繁殖期の雄はなわばり性が強く、トノサマガエルのように集団を作ることがない。雄は水田のなかに分散して各自のなわばりで鳴き、雌を抱接し産卵させる。前記の5地方種族のメイティング・コールのパターンは形態的区分と平行的にそれぞれ違っている。

産卵様式もトノサマガエルとは異なり、雌は一回の抱接で全部の卵を産出せず、繁殖期間に何回か産卵する。卵巣卵は繁殖期間にも成熟が進み、繁殖期が長いことはこの現象とも関係があろう。一回の抱接中に雌は数卵から十数卵を産出しては水中を移動する。それで卵塊は小さく分散し、水草に付着したり水底に落ちたりして、トノサマガエルのように大塊をなすことがない。

いわゆる岡山ダルマ種族の生息地は本調査では52地点があげられており、瀬戸内海東半部の沿岸地方、すなわち、広島、岡山、兵庫、香川の4県の平野部、若干の内陸部小盆地、小豆島、豊島、淡路島などにみられる。土地開発、水田のあぜ、側溝、用水路、河川の岸などのコンクリート化、休耕田の乾燥化、水質汚濁、餌となる小動物の減少などのために、生息環境は近年、急速に悪化しており、特に都市近郊では個体数は激減している。従来トノサマガエルと多少のすみ分けをしながら同所的に生息していた地域では、産卵可能水域がせばまったことから、近年トノサマガエルとの自然雑種が増加してきた。

いわゆる名古屋ダルマ種族の生息地は本調査では43地点があげられており、近畿、東海地方、すなわち、大阪、奈良、京都、滋賀、三重、愛知、静岡の7府県の平野部、盆地の水田、湿地帯、河川敷などにみられる。

全国的にみればかなり限られた地方の、しかも低地の水田地帯や河川敷などに生息している関係上、本種の生息は今後ともさらに困難化することであろう。土地開発、水質汚染、水田の側溝、用水路などのコンクリート化、休耕田の乾燥化を含む稲作環境、農業形態の変化、河川改修などはいずれも本種の生存を根本的におびやかすものである。

2)ナミエガエル Rana namiyei STEJNEGER

琉球諸島には固有の生物が多数分布している。今回の分布調査の対象となったカエル類6種のうちの4種およびイボイモリは、いずれも琉球諸島固有の両生類を代表するものである。これらの固有種はただ単に珍らしい生物というだけでなく、生物進化のしくみを研究する材料としてきわめて重要である。

ナミエガエルは沖縄本島にのみ分布し、アカガエル科アカガエル属に属す種であるが、この属としては例外的に11対の染色体をもっている。台湾および東南アジアに広く分布するクールガエルも染色体が11対で、これらの両種は形態的にもよく類似している。したがって、ナミエガエルが、琉球諸島に侵入したクールガエルの祖先型の一部から分化して生じた種であることは疑いない。

森林内の溪流域に生息する。樹木に覆われて昼間でもあまり陽の当らぬような小さな流れを好み、開けた広い流れにはいない。

溪流域以外では森林内や林道のそばの比較的小さな水たまりにも生息するが、一時的な水たまりではなく、水のしみ出る箇所があって絶えず水の供給が確保されているような水たまりを選ぶ。台湾のクールガエルは明らかに止水性の種であるから、ナミエガエルも本来はこのような止水に生息する種であろう。本種の形態や卵塊に流水に適当した点が認められないことおよび産卵場所が止水域であることは、これを裏づけている。いずれにせよ、日中に身を隠す場所が水辺にあることが条件で、危険を感じると素早く隠れ場所へ逃げこむ。餌は水辺の小動物が主体で、大形の個体はしばしばサワガニを捕食する。

ナミエガエルの産卵・発生に関する報告はかなり断片的で、詳細は今後の研究にまたねばならない。産卵開始は4月末から5月ごろで、河川上流の浅いよどみや林道わきの水たまりに産卵する。沖縄本島にのみ分布するが、今回の調査により沖縄本島で確認された生息地点は名護市以北に限られ、南限は名護市久志岳である。

生息地点での個体数は少くない。時期にもよるが、溪流域の大形カエル類のうちではハナサキガエルについで多く見受けられ、イシカワガエル・ホルストガエルよりも多い。

現在のところ琉球諸島のカエル類で法的に保護されている種はないが、ナミエガエルに関する限りは、現状のままで個体数が減じることはないであろう。本種を食用や薬用に供する習慣はしだいになくなりつつあること、本種の警戒心が比較的強く、危険を感じるとすぐ逃げだす習性をもつこと、夜間でもあまり目立たないことなどは、生存に有利と思われる。

 

3)イシカワガエル  Rana ishikawae(STEJNEGER)

アカガエル科アカガエル属に属す。体長10cmに達する大形種で、指趾端によく発達した吸盤があるため、本種を最初に記載したStejneger(1901)はアオガエル科に属すとみなした。種名は石川千代松氏に因んでいる。背面は鮮緑色または暗紫色で、暗緑色の大形斑をもつ美しいカエルである。琉球諸島中央部の固有種であるが、日本内地はもとより、台湾にもこれと類似した種がいないため、系統的な関係は不明である。

個体数が少く、もっとも稀れなカエルの1つに数えられる。沖縄本島と奄美大島に分布するが、両島の集団には斑紋や皮ふ隆起の程度に差があるから、分化の途上にある種とみなすことができよう。最近、数人の研究者によって本種の生態がしだいに明らかにされつつある。

前種と同じく日陰の渓流域に生息し、沖縄本島ではナミエガエル、ホルストガエル、ハナサキガエルとともに同じ谷に混棲している。比較的流れが速く大きな岩が散在している谷の上流を好み、砂泥域にはみられない。奄美大島で林道の水たまりの中で成体が目撃されたことがあるが、これは一時的に出現したものと考えられ、原則としてこのような止水には生息しない。

沖縄本島では12〜2月が産卵期で、源流付近の川岸斜面の洞内に産卵する。奄美大島では4〜5月が産卵期で、産卵場所は沖縄本島の場合とよく似ている。イシカワガエルの分布域は、奄美大島と沖縄本島に限られ、奄美大島ではほぼ全域に分布するが、沖縄本島では名護市以北にのみ分布している。

本種の個体数が少いことは古くから指摘されており、最近になって減少したものではないらしい。ナミエガエルやホルストガエルと異なり、イシカワガエルは食用とされることもなかったから、個体数の少ないのは外因によるのではなく、発育途中での死亡率が他種に比べて高いためであろう。本種の特殊な産卵場所は胚の保護に有利と思われるが、産卵場所の数や幼生が流れに泳ぎ出るまでの過程は他種に比べて明らかに不利と思われる。

もともと個体数の少ない種にとっては、生息地の破壊は致命的な打撃を与えるが本種は溪流に依存する度合いのもっとも高い種でありその特異な産卵場所は森林の伐採や土木工事によって容易に失われるから山地の渓流域の保全がきわめて重要である。

 

4)オットンガエル Rana subaspera BARBOUR

日本産の最大のカエルの1つで、体長12cmに達する。背面は暗褐色で多数の小さな皮ふ隆起がある。本種と次項のホルストガエルは前肢の指が5本あり、他のカエル(指数4本)と異なるため、アカガエル科のバビナ属またはアカガエル属バビナ亜属として分類されることがある。親指にあたる第1指には鋭い骨があり、素手で捕えると引掻かれて出血することがある。

生息場所は森林内や森林に囲まれた湿地・草地・耕作地などである。止水性の種で水のかれることのない小水体にすむ。

初夏から夏期にかけて産卵する。典型的な産卵場所は森林内や林道わきの水たまりであり、大きな繁殖集団をつくることなく、個々に広く分散して繁殖するようである。河川域では、上流の川原や水たまりのそばに径25〜30cm、深さ4〜5cmの皿状のくぼみをつくり、その中に産卵する。

オットンガエルと次項のホルストガエルのように、産卵場所を自分でつくるカエルは珍らしい。日本のカエルでは、八重山諸島のハラブチガエルが泥地につくった入口の径約3cm、内径5〜6cmの末広がりのくぼみの中に産卵する。このくぼみを泥巣とよぶ。オットンガエル・ホルストガエルのつくる産卵用のくぼみはこれよりはるかに大きく、泥巣とよぶには構造が粗雑で、単にくぼみを押し広げただけのものにすぎないと考えられるが、繁殖様式としてはハラブチガエルと関連するものかもしれない。

奄美大島にのみ分布する。奄美大島では山岳地帯を中心に広く分布することが判明している。単独生活の傾向が強いから、1か所で多数の個体が観察されることは少い。しかし、生息環境は他の大形カエル類よりかなり広いから、全体としてみると個体数は多いと考えられる。

分散して繁殖する種は、一般に急激な個体数の減少を示すことはない。環境の変化がかなり広い範囲にわたらない限り、壊滅的な打撃を被ることがないためである。おそらく本種はかなり高い分散能力をもち、部分的な環境の変化は一時的に本種の存続をおびやかすとしても、環境の回復とともに周辺から再度侵入すると思われる。大規模な森林の伐採が進行しない限り、ほぼ現状で推移するであろう。

しかし、奄美大島では以前に比べて国有林の面積が減少している。また原生林を伐採して経済性の高い樹林に変えようとしている。尾根伝いの林道も整備されつつあり、今後人為的な環境の変化が急激に進むのではないかと予想されるので本種の将来も楽観視はできない。

 

5)ホルストガエル Rana holsti BOULENGER

オットンガエルと近縁の種で、体長10cmをこす大形のカエルである。オットンガエルとともにアカガエル属のなかで最大の部類に入る。

行動は活発で跳躍力が大きい。オットンガエルが奄美大島の固有種であるのに対し、本種は沖縄本島の固有種である。おもな生息場所は山間部の水たまり・湿地・沼などの止水である。他のカエルと同じく夜行性で、日中は岩の間やくぼみにひそんでいて姿を見せない。湿度の高い夜には、しばしば林道にあらわれる。谷の中では岩の多い場所よりも砂泥域に多い。

産卵期は3〜6月とされているが、5〜8月とする報告もある。浅い水たまりや流れのそばなどに皿状のくぼみを掘って、この中に卵をうむ。くぼみの径は30〜50cmで、卵数は800〜1,000個である。個体数はそれほど多くないが、本種は渓流域以外にも生息するから、総個体数はおそらくイシカワガエルより多いであろう。年間を通じてみると6〜9月に多い。

オットンガエル同様、大規模な環境の変化がない限り現状のまま推移すると思われるが、山地の開発が徐々に生息場所を狭めつつあるのは確実である。

沖縄では大形のカエルをワクビチと称し、北部では古くから食用としていた。特にホルストガエルとナミエガエルがおもな対象であった。現在ではこのようなカエルを食用とする習慣は以前より少ないらしいが、種々の食品が入手できる現在、これらのカエルの学術的価値からみれば、たとえ少数とはいえ食用に捕獲するのは決して好ましいことではない。

 

6)モリアオガエル Rhacophorus arboreus(OKADA et KAWANO)

モリアオガエルは両生綱、無尾目、アオガエル科、アオガエル属に属するが、この属には100種以上の種類が含まれ、それらは日本以外では台湾、中国、フィリピン、インドシナ、マレイ諸島、インド、マダガスカルなど、主としてアジアの熱帯地方に分布している。したがって、モリアオガエルはアオガエル属中、もっとも北に分布する種ということになり、国内分布でみる限り決して珍とするに足るカエルではないが、世界的にみると分布上興味ある種類ということになる。

モリアオガエルは、本州北端の青森県から山口県にいたる山地帯に分布し、佐渡のような離島にも分布する。四国・九州にも産するという報告があるが、確実な産地は知られていない。

モリアオガエルは、裏日本では海岸に近い低地でも見られるが、一般には100m以上の山地の森林地帯に生息し、2,000m以上の亜高山帯にまで進出するものがあり、垂直的にはかなり分布範囲が広い。

産卵場所は、池沼、溜池、水田、用水などの静水域で、実際の産卵はそうした水域の水面上に展開する枝葉など植物体上である。幼生は初期には泡末内で生育し、のち、水面に落下して水中生活を送る。幼生の生育する水域はかならすしも湧水を伴なう必要がなく、年間を通じ、温度変化の大きい停滞水の中でも変態を完了することができる。

本種の生育環境としては、幼生の生活する静水域のあること、水面上に枝葉のはり出した植物があり、産卵場所に恵まれていること、変態を終えた幼蛙が採食できる草地ないし草地的環境が、水域の周辺にあること、さらに、成蛙が生活する自然度の高い、しかも広大な森林が、それに接続して存在することなどである。

産卵は4月下旬から7月上旬に及ぶが、地方により多少のずれがある。卵は泡状の卵のうによって包まれ、植物の枝葉に産付される。1卵塊中の卵数は300〜500で、ふ化した幼生は、しばらく卵のう内ですごしたのち、水中生活に移る。そうして8〜9月頃変態を完了して上陸する。

上陸した幼蛙は水域周辺の植物体上で一定期間を過ごして、ある程度成長したのち、後背地である森林に移動して樹上生活に入る。冬期は樹木を下り、地中に潜伏し越冬する。

雄の成熟については不明であるが、雌は生まれて3年目に産卵能力をもつにいたる

モリアオガエルは、本州の山口県から青森県にかけ、神奈川県と茨城県を除く全県に分布し、しかも、低地から亜高山帯にかけて広い分布域をもつ動物である。また単に分布が広いだけでなく、生息条件についても適応の幅が広く、モリアオガエルの幼生は、サンショウウオ類より強い耐性をもっているように見える。したがって、水田のような人工的な水域はもちろん、防火用の用水などでも、充分発育が可能である。そうした性質があるために、この種は、人間による開発行為にもある程度耐え、場合によっては、人間と共存できるのではないかという面を見せるのであろう。

しかし、池の周辺の植物が除去され、卵塊の附着体が失なわれたり、工場排水や中性洗剤を含む家庭排水などで水が汚染されたり、宅地造成・ゴルフ場建設などで池沼や湧水が埋めたてられたり、成蛙の生活場所である森林が伐採され、跡地がキャンプ場やリクリエーションの場になったり、スギ、カラマツなどの人工林になったり、産卵場と成蛙の生活場所の中間に自動車道路が建設され、繁殖期におけるカエルの移動を遮断したりすると、それらはいずれもモリアオガエルの個体数減少あるいは絶滅の原因となる。

伊豆天城山の八丁池、岩手県松川地区の池沼群のように、古くから知られた本種の大繁殖地が、現在では絶滅ないし個体数の激減で見る影もなくなった例があるが、これは水辺の樹木や後背地である森林の伐採、キャンプ場やリクリエーション施設の建設に伴なう人や車の激しい出入りなど、沼畔の開発にその原因の大半があると考えられる。モリアオガエルの適応性からすれば、それほどの影響はないと思えるような環境変化でも、それが急速に進行した場合、そこの自然度が高ければ高いほど動物のうける変化量は相対的に大きくなり、予想外の悪影響が動物に及ぶのであろう。

モリアオガエルの産卵池は本州各地に多数存在するが、池沼畔に数100もの卵塊が鈴なりになるような景観を見せる大繁殖地は、やはりその例がきわめて少ない。しかるに、日本の山地開発もブナ帯の開発が顕在化した今日、かかる大繁殖地が次々に姿を消す危険にさらされている。本種の保護で、まず考慮しなければならないのは、こうした大繁殖地とそれに結びついた後背地の森林であるといえる。

 

7)イボイモリ Tylototriton andersoni BOULENGER

イモリ科イボイモリ属の種である。この属は中国南西部、ビルマ・タイの北部山地を中心に5種が知られ、琉球諸島に孤立して本種が分布する。イモリ科のなかではもっとも原始的な形態をとどめ、生きた化石とみなすべきものである。

全長は普通のイモリよりはるかに大きく、13〜19cmである。頭部・胴部とも扁平で、ずんぐりした形をしている。全長は一様に黒褐色で、腹面も普通のイモリのように赤くなく、黒褐〜暗灰色である。四肢端、尾の下縁、体側に橙赤色の斑紋をもつ。徳之島のイボイモリは沖縄のものに比べて橙色斑が鮮やかで、やや小形である。肋骨があり、その先端は体側に張り出しているため、体縁は鋸歯状となる。琉球諸島中央部の島々、すなわち奄美大島・徳之島・沖縄本島・渡嘉敷島に固有の種である。

地上性で、森林内の石、倒木、落葉の下などにひそむ。以前は湿った場所にすむと報告されてきたが、比較的乾燥に耐える性質があり、森林に接した割りと開けた場所にもいる。

日本産両生類のなかで、陸上に産卵する唯一の種であり、2月から5月にかけて、溝・池・小川などのそばの土の上に産卵する。降雨によって水位が上昇しても水に浸ることのないような場所が選ばれる。産卵は降雨と関係があり、年によっては8月にも卵を見ることができる。卵の動物半球は淡黄褐色、植物半球は淡黄白色で、卵径は3mm内外、ゼリー層の外径は1cmくらいである。卵は1個ずつ分離しており、ゼリー層の表面には土粒や枯草片などが付着して、目につきにくい。これは、落葉の下にうみ落された卵を親が鼻先で腐植土の中に押しこむという行動の結果と思われる。

イボイモリは特殊な繁殖様式をもつため、自然状態でも繁殖率はかなり低く、晴天が続くと産卵が抑制されたり、すでに産卵された卵が乾燥して死亡する。もとより、本種が現在まで生存してきた事実は、繁殖に不適の年が2、3年続いても絶滅するおそれのないことを示しているが、森林の縮小や林床植生の刈取りなどは繁殖場所の乾燥化を招き、本種の生存を一段と困難にするであろう。

 

8)オオサンショウウオ Megalobatrachus japonicus(TEMMINCK)

オオサンショウウオ(ハンザキ)Andrias japonicus(Temminck、1837)はサンショウウオ目Caudata、オオサンショウウオ科Cryptobranchidaeに属し、中国に産するタイリクオオサンショウウオ(シナハンザキ)とともに世界最大級の現生両生類である。本種は岐阜県以西の本州、四国・九州各地の河川上流地方に生息し、その環境は概ねサワガニの生息域内に納まる(ただし、サワガニの分布域は本州北端にまで達し、オオサンショウウオのそれより地理的には、はるかに広い)。生息地の河川の状況は様々で、川幅、流速、水深など必らずしも一定していない。また、山間渓流部に限られることなく、人家近くの用水路とか小川にも見られ、環境の適応性は意外に広い。しかし、本種の多産する地域の環境を見ると、やはり一定の条件が要求され、川床の形態や集水域、渓畔の植生なども問題になっているようである。特に繁殖地として利用される地域は、一般の生息地に比し条件が厳しい。すなわち、範囲はより上流部に限定され、標高は400〜600mくらいに上る。具体的には支流の水源地、水流のゆるやかな川の蛇行部、支流に通ずる溝渠などが選好される。なお、サンショウウオの多くは変態完了後、陸上生活を送るが、オオサンショウウオは生涯を通じ、ほとんど水中生活で終始する。

6〜7月頃、成熟した雄は繁殖地に向って移動し、そこに産卵池をつくる。産卵池は岸の地下につくられ、直径0.5〜1.0mくらい。外部からは2〜6mの細いトンネルで連絡されている。川岸に大岩があるときは、その岩石の下に産卵池がつくられることもある(一度つくられた産卵池は毎年使用される傾向が強い)。8月中〜下旬になると雌もこの繁殖地に出現し、雄のつくった産卵池に入って産卵する。産卵期は8月下旬から9月上旬にわたる。卵は直径約5mm、黄色でかなり大きい。これらの卵は寒天質の長い紐でじゅず状に連結されている。この卵紐は左右の輸卵管から、それぞれ1本ずつ同時に産み出されるもので、1つの卵紐に含まれる卵数は200〜250、2紐を合わせると合計400〜500となる。産卵後の雌は産卵池から退去するが、雄はそのまま居残り、多くの場合、体を半円形に巻いて、雌の産下した卵塊を保護する。卵は産下後約50日で孵化する。その時期は10月中〜下旬が普通である。ある程度成長すると産卵池から周辺に分散する。その時期は普通、翌年の1月頃と見られる。それまで保護にあたっていた雄も、同じ頃産卵池を離れ、それぞれの生活場所に戻っていく。幼生ははじめ25mm位、1年半で120mmに成長、3年で約200mmとなり、その頃外鰓が消失して成体らしい形となる。さらに1〜2年して、体長570mm程度に達した頃はじめて成熟し、繁殖にたずさわるようになる。ただし、こうした成長過程に関する野外での詳しい調査はない。

冬期は各個体とも巣窟深く蟄居し、ほとんど活動しない。

オオサンショウウオは4〜5年で成体となるが寿命は長く、50年を越える例が少なくない。稀には100年以上生きのびる個体もあるらしく、そのような場合には、体長も1.3mくらいに達する。しかし、本邦では野外で1mを超える個体が見出された例は最近ほとんどない。このような大型個体の生き残れる条件が次第に少なくなったためであろう。

食性範囲は広く、サワガニ、淡水魚、カエル類、淡水貝類、ミミズ類、水生昆虫などであるが、最も好食されるのはサワガニ類のようである。極めて貧食で、水とともに流れてくるもの、目先を過ぎ去ろうとするもの、あらゆるものを口にする性質があり、飢えたときには共食も辞さない(ただし、餌として不適当なものは吐き出す)。しかし、一方では饑餓にたえる力も強く、3年近く、ほとんど絶食に近い状態で生き続けた記録も残されている。

日本列島におけるオオサンショウウオの分布を概観してみると、岐阜県から北九州に至る各地に生息地が点在し、中国山地にその中心があるように見うけられる。オオサンショウウオが日本列島においてこのような分布型をもつことは、次のような歴史的背景を設定することである程度説明できるかと思う。すなわち、日本列島が中国大陸と連繋していた当時、現在では海面下に没した東支那海のある地点から日本に向ってのびる揚子江の支流が存在し、その一部が瀬戸内海を、他の一部が山陰沖を流れていたとする仮説である。このような水系が存在すれば、オオサンショウウオは洪水などで下流域に流されたとき、揚子江を戻らず、これと同じ水系に属する日本の河川を遡行し、その上流部に住みつくことができたはずである。現在知られるオオサンショウウオの自然分布域は、岐阜県を除いて、ほぼ上記の条件をそなえた水系に限られることから、この仮説にはかなりの妥当性が認められるのではないかと思う。

本種の保護上の問題点として次のことが指摘できる。

(1)河川改修・堰堤構築など

オオサンショウウオは小型サンショウウオ類と異なり、変態後も生活場所は水中であり、降雨時でもない限り陸上にあがることはほとんどない。この点サンショウウオというよりもイモリ的であり、また淡水魚的であるということができる。そのため、本種の生息環境としては陸域の状況より、水質、水温、河床形態、隠遁・産卵場所などを優先して考える必要がある。川床の礫分布や岸の形状などから、隠遁所・産卵場所が豊富に供給されていたと考えられる河川が護岸工事などで相貌を変えたとき、オオサンショウウオの個体数が激減した例が、すでにいくつか報告されている。かかる影響は幼生分散前、あるいは越冬個体の多い冬期の工事において特に大きいようである。

もう一つ、オオサンショウウオの保護上無視できない事項がある。それは、本種は産卵期、かなりの距離を上流に向かって河川を遡行するが、そのような時、河川に堰堤が構築されると、それによって遡行が阻止され、産卵地への移動ができなくなることである。個体によっては堰堤附近で陸上に上って迂回する場合もあるが(降雨中)、岸の地形が急峻であると迂回路を求めることもできず、そのまま異常産卵に入り、繁殖が不成功に終る場合も稀でない。したがって、堰堤工事を施す場合には魚道的な通路を設け、魚類とともにオオサンショウウオの遡行に支障のないよう配慮することが大切である。

(2)森林伐採・人工林化

オオサンショウウオの生息地は水域であるため、陸上環境はつい忘れがちであるが、実際には水域と同様、林相の如何も無視できない。河川流域の森林伐採などで個体数の激減した例が知られることや、本種の生息密度が高い地方は、きまって陸上の林相がすぐれ、しかもそうした植生が渓畔まで及んでいる場合が多いことなどで明らかである。これは、オオサンショウウオそのものの生活環境に対してだけでなく、オオサンショウウオの餌動物の生活環境を構成する上で、かかる植生が密接なかかわりをもつためと考えられる。したがって、水生の動物とはいえ、オオサンショウウオの保護に当っては、陸上の植生の保護保全にも、充分留意する必要がある。

(3)農薬などによる水質汚濁

耕地が近接して存在する場合、その耕地で農薬が乱用されたりすると、雨水とともにそれが河川に流入し、オオサンショウウオに影響を与えることも少なくない(大分県などでの例)。

(4)乱獲

河川改修、農薬、森林伐採などのほか、乱獲もまたオオサンショウウオの個体数の減少に大きな影響を与えると考えられる。かつては1mをはるかに越える大型の個体がよく見られたが、最近では自然の生息地において、そのような例を見ることは極めて稀である。やはり乱獲が原因している(あるいは、した)のであろう。種を対象とする天然記念物であり、乱獲はあり得ないはずであるが、薬用・食用・飼育用などを目的にしての捕獲は今も後を絶っていない。現にオオサンショウウオの串焼をすすめる本まで刊行され、書店で売られている有様である。

オオサンショウウオの分布域は、目下のところ比較的広い。しかし、各生息地とも、個体数は決して多くない。したがって、他の地域にもいることを理由にそれぞれの地域で乱獲をくり返し、個体数を激減させ、あるいは自然破壊によって生息地を消滅させていくと、意外に早くオオサンショウウオの絶滅という事態が招来するかもしれない。

(5)人工放流・シナハンザキの問題

日本におけるオオサンショウウオの記録を拾ってみると、本来の分布域でない地方からの記録が意外に多い。これらの飼育中のものの脱走個体であったり、意図的な放流個体である。幸い、その大部分は単独個体であったためか繁殖せず、自然分布を攪乱するに至らなかったが、和歌山県古座川上流の平井川などのように完全に定着し、繁殖をくり返している例もある。ただ、平井川の例は、その来歴か明らかになっているため、見方によってはまだ救われよう。しかし、もし搬入の事実を全く伏してこのような行為があったとすれば、自然分布の攪乱がひきおこされること必至である。特に瀬戸内海、日本海に河口をもつ河川のような本種の潜在分布域にあって、かかる放流が行われると、事後において人為か自然かの判別がつきにくい点で問題が大きい。放流に関するもう一つの問題はシナハンザキ(タイリクオオサンショウウオ)の放流である。オオサンショウウオの自然分布域でない地方の河川への放流は、場合によっては許されるであろうが、日本固有のオオサンショウウオの生息地への放流は絶対に許されるべきでない。雑種などを生じ、遺伝的固有性への影響が大きいからである。

 

9)カスミサンショウウオ Hynobius nebulosus nebulosus(SCHLEGEL)

西日本に分布する止水性サンショウウオの代表種で、分布域は比較的広く、外部形態にも変異が大きい。

形態ばかりでなく、生理的にも各地産のカスミサンショウウオには差異があり、交雑実験の結果によれば、京都・岡山・鳥取・松江・長崎ほか数種族が認められるという。

産卵期は地方によって異なり、卵の観察された時期をみると、和歌山の12月がもっとも早く、ついで香川・熊本の1月となる。逆に遅いのは兵庫・岡山などの4月である。

卵は1対の卵のうに包まれ、稲の切り株、水辺または水中の樹枝・禾本科植物などに産みつけられることが多いが、日の当らない岩石の間などに産み出されることもある。産卵はふつう夜間に行われる。

雄は産卵期のかなり前から水辺に移動して待機し、産卵後も卵の周囲に残ってこれを保護する。

幼生は野外では3−4週間でふ化し、7−8月に変態して陸上生活に移る。産地によっては幼生越冬する場合もある。幼生期の主な餌はミジンコや小形の水生昆虫であるが、餌の少ない場合にはさかんに共食いを行う。

変態後の幼体は成体よりも水辺から離れず、林床やガレキの下、草の根元などで、小昆虫・ミミズなどを食べて生長する。

成体は幼体よりも水辺からの移動距離が大きい。日中は石の下・枯れ葉、堆肥の下などに隠れていて夜間摂食する。食性は幼体とほぼ同様で、昆虫・ミミズ・カタツムリなどを主食とする。

冬期は堆肥や落葉などの下の、地中15cmほどの場所で越冬する。

天敵としては、卵・幼生の時期にゲンゴロウ、トンボの幼虫をはじめとする水生昆虫が知られる。成体の天敵については不明である。また野外での生長、性的成熟に達する年齢についても不明であるが、雄では1−2年で、雌では2−3年で性的成熟するという報告もある。

現在までに分布の知られている324地点は、滋賀・三重・京都・大阪・奈良・和歌山・兵庫・岡山・鳥取・島根・広島・山口・香川・徳島・福岡・佐賀・長崎・熊本の2府16県に及ぶ広い範囲に含まれるが、この範囲全域に連続的に分布するのではなく、滋賀・京都・兵庫の北部、奈良の南部とそれを囲む三重の太平洋側、広島・山口の瀬戸内海側の大半、徳島の内陸部は分布の空白地帯となっている。この空白地帯の一部は本種の生息に不適と考えられる山岳地帯であるが、他の部分は標高などからみても分布が可能とみられる地域であり、今後新産地が発見される可能性もあるものの、本種の分布が現在の地形・植生などだけからは説明のつけられない地史的要因に関連しているであろうことも指摘されている。

調査票の生息環境に関する記載状況からみると、本種は、近畿地方と九州地方では人間とかかわりの大きい平地の水田地帯や住宅地を主な生息場所とし、その頻度は近畿でより高い。中国地方では、人間との出会いの少ない森林地帯の池・沼・水たまりなどに生息している。四国地方では、例外的に流水付近を生息域とする率が高いが、止水近くに生息するものをみる限りでは、九州と中国との中間である、といえよう。

産卵はふつう水田や用水溝・小さな池・湿地などの浅い止水になされる。小渓流に産卵のなされる例があっても、多くはふだんほとんど水流がなく、あちこちにできた水たまりが利用される。

本種の産卵場所は、歴史時代にはいって米作が行われるようになってから、水田とその耕作様式に深く結びついて維持されてきたものであろう。

本種の生息地の消失は、産卵場所としての水田の休耕、廃田、山麓・丘陵地の宅地化、開発による土地の乾燥化で、都市周辺部で激減しつつある。

都市周辺でも産卵場所だけでなく、幼体、成体の生息場所をも含めた一定の地域が保護されれば、本種の生存は保たれる可能性がある。サンショウウオ類一般に関していえることであるが、この動物たちの存在が一般にはほとんど知られていないことが、調査・保護の大きな支障となっていると考えられるので、とりわけ、その存在を一般の人々に周知させ、保護への協力を呼びかけることが、保護対策の原点となると思われる。

 

10)トウキョウサンショウウオ Hynobius nebulosus tokyoensis TAGO

トウキョウサンショウウオはブチサンショウウオとは明らかに区別できるサンショウウオであるが、長崎を模式産地として記載されたカスミサンショウウオ(一名ナガサキカスミサンショウウオ)とはきわめて近縁な関係にあると考えられるので、本種に対してはカスミサンショウウオの亜種として、Hynobius nebulosus tokyoensisなる学名が使用されている。

トウキョウサンショウウオは海岸地帯から海抜300mくらいまでの丘陵地帯・低山帯の森林に生息し、主として夜間(降雨時は日中も)、潜伏場所をぬけ出し、昆虫、ミミズなどを求めて活動する。

産卵は海岸地帯などでは早く、1月中旬にはすでに開始されているが、多くの生息地では2〜3月に行われ、場所によっては4月になってもなお産卵が継続する。

産卵場所としては湧水地が選ばれるが、小溝、用水堀・水田・池沼・水溜りのようなところでも、そこが湧水の影響をうけ、年間の水温変化が少ない場所であればやはり産卵場所として用いられる。幼生の多くは産卵場所にとどまって水中生活を送り、昆虫、甲殻類、水生ミミズなどを餌にして成長、7〜8月頃、変態を終えて陸上生活に移行する。卵期・幼生期を合わせるとその期間はおよそ6ヶ月に及ぶ。

以上のことから本種の生息条件を検討してみると、最低限度、次の3点を挙げることができる。1湧水を伴なう止水面があること。また、その広さは孵化した幼生が変態を完了するまで生活が続けられる充分な広さと水深が保たれていること。2陸上生活に移った幼体、成体の潜伏場所があること。3幼・成体が採餌活動をするに充分な広さの竹林、雑木林などが存在すること。

トウキョウサンショウウオは福島県の相馬地方から、愛知県の名古屋地方にいたる本州中部太平洋沿岸の一帯に広く分布し、現在までに分布の知られる地方は福島・茨城・千葉・栃木・埼玉・東京・神祭川・愛知の1都7県に及ぶ。

トウキョウサンショウウオは普通、300m以下の低山、丘陵の湧水を中心に分布していることはすでに述べたとおりであるが、この分布域はまた人間の開発行為が最も強く加えられつつある地域でもある。たとえば大型宅地造成やゴルフ場建設で、谷が埋められ、丘陵地などの平坦化が進められれば、その地域に散在する産卵場所はあらかた失なわれ、トウキョウサンショウウオは絶滅する危険性がある。現にこのような開発行為によりすでに失なわれた生息地、あるいは失なわれる危険にさらされている生息地は極めて多い。

また、湧水だけはなんとか保存できても、成体の採餌場である森林が失なわれたり、あるいは森林と湧水との連絡が、道路あるいはその他の建造物で遮断されたりした場合、やはり、トウキョウサンショウウオの生息条件はみたされなくなる。

そのほか、幼生が水質汚濁の影響もうけやすいことも考慮しなければならない。もし湧水附近が家庭排水、工場排水などで汚濁された場合、そこに生息する幼生はほとんど死滅すると考えてよい。東京都下では下水工事のコンクリートの影響で幼生が全滅した例もある。

分布域は福島県から愛知県にかけて、かなり広域に拡がっているようではあるが、各地の報告にも見られるとおり、現在、トウキョウサンショウウオの生息地は次つぎに姿を消しつつある。東京都は、記録された生息地の数では最多であるが、その卵塊分布から推定し、東京都全体でも3000匹程度にしかならないと推計されている。したがって、単に開発などの影響だけでなく、濫獲による個体数の減少も問題となっている。

 

11)ツシマサンショウウオ Hynobius tsuensis ABE

対馬特産の種で、上対馬町の泉から厳原町の豆酘におよぶこの島の全域から記録されている。卵嚢や幼生の見られるのは、主として二次林にある渓流であり、非繁殖期の成体はその付近にある森林中の落葉・石・朽木などの下で生活しているものと思われる。今回の調査票によると、成体発見場所の標高は20mから450mにわたる。

成体の産卵習性はまったく知られていない。産卵期は2月下旬から4月上旬で、3月中旬が最盛期。ゆるやかな渓流の浅い水中にあるスレート状の石下に卵嚢が産みつけられるのが普通である。このころの水温は1O℃前後。このようなところで、成体もしばしば発見される。卵嚢は外皮が厚く強靭でほぼ1回彎曲し、末端(柄)で強く付着している。自然状態であっても、本種の卵は受精率が悪く、地域によっては6〜7割が受精していないことがある。胚はカスミサンショウウオとくらべると高温には弱く、23℃をこえるとほとんどが死滅する。

止水域に産卵するサンショウウオの孵化直後の幼生にはバランサ−(平衡桿)があるが、流水に産卵するツシマサンショウウオの幼生もバランサーをもち、本種が止水産卵性のものに近縁であることを示している。また、渓流性サンショウウオの幼生には爪がない。幼生は渓流のよどみなどに見られるが、5月には25〜30mm、夏の絞りには45mmに達する。幼生のまま冬を越すことが多いので、渓流には周年棲息が見られることになる。今回の調査表では3月から8月にかけて幼生が見出されている。

本種の棲息する環境は、渓流のある二次林の中であることが多い。ここでは過去に何度も木がきられたはずである。しかし木が育てば、周辺からの移動によって、再びそこが棲息場所になるといったことが繰り返されたものと思われる。ところが、近年のように大規模な皆伐が行われると、広範囲にわたって乾燥が起り、渓流も水量の増減や水温の上昇が起って、本種は消滅せざるをえない。また、山地の小渓流がコンクリートによって護岸されることも、産卵に悪影響を及ぼしているものと思われる。

 

12)オオイタサンショウウオ Hynobius dunni TAGO

本種は大分県に分布の中心がある止水産卵性のサンショウウオである。分布地は、馬館川から番匠川にいたる地域で、大野川の上流部では熊本県側に数点の産地が知られている。また、宮崎県下では宮崎市近郊に本種と思われるサンショウウオが棲むが、大分県下のものとの比較がなされていない。四国では高知県土佐清水市川口町松山から、本種と思われるものが発見されている。四国の豊後水道側にも止水性サンショウウオが棲息するらしいが、詳細は判っていない。

今回の調査票によれば、産地の標高は大分県で50〜500m、熊本県側で400〜850mであった。例外的には大分県鶴見岳で1,OOOmにまで達している。

産卵場所は丘陵地・低山の混交林(二次林)・竹林などの中にある木におおわれた小池(主として短辺1〜5m)や林縁の水田の水たまりである。大野川の源流域(熊本県側)では、冬から春にかけての渇水期に河床に溜った止水に産卵された例もある。産卵時期は2月中旬から4月上旬にかけてがほとんどである。産卵場所の水温は9℃前後。卵嚢は大きくて紐状。長さ15〜30cm、卵は1卵嚢に30〜60個はいっていることが多い。幼生は7月頃には4cm前後となり、7月下旬から8月にかけて変態するが、水温の低い場合はしばしば幼生のまま冬を越す。

本種も他の止水性のサンショウウオと同様、低地、丘陵地を中心に棲息している。大規模な土地開発によって棲息地が失われるほか、各地で除々に環境条件の悪化が進行している。たとえば、(1)池へのゴミ投入、(2)管理の悪い池が落葉などで埋ること、(3)水田が廃田となり、水溜りが無くなる、(4)道路が整備されると、産卵場となっていた道路側溝から水溜りが無くなるなどの問題が起っている。

 

13)トウホクサンショウウオ Hynobius lichenatus BOULENGER

本種は主として山麓の平地から標高数百mの丘陵、山地の林床部に生息するが、1500m以上の高所(八甲田山、大真名子山など)からも知られている。産卵は雪どけの頃、山間のきれいなゆるい流れ、湧き水、水の流れのある浅い池などにみられる。汚濁した静水に産卵することはない。

成体の全長は9〜14cmくらいである。産卵期は地域により12月から7月に及ぶが、丘陵地帯では最盛期はふつう4、5月である。同一地点でも産卵期が2カ月に亘る場合がある。産卵は未明から行われ、時には午後にもみられることがある。卵嚢は無色透明で、比較的に長いゆるく曲った太いひも状で、水中の枝、石、杉葉などに産みつけられる。1卵嚢中の卵数には変異が大きいが、9〜35個、平均では17、19、21個などの報告がある。卵径は3.0〜3.7mmである。幼生には平衡桿の発生がみられ静水型である。おそく産れて幼生としての発育期間が充分でない場合には、幼生の状態で越冬して翌年に変態する。

本種はクロサンショウウオとほとんど同所的に生息しており、両者が同一水域(水中の同じ一本の枯枝にも)に産卵することは必らずしも稀ではない。

従来本種の分布地域として7県34カ所があげられているが、今回の調査では10県240カ所(+α、青森県)が報告され、生息地の情報は密となり、分布の南限は南下した。しかし、これらの中には文献上の生息を確認できなかったもの、すでに絶滅しているもの、種の同定に疑問のあるものなども含まれており、また、ほとんど調査のなされていない地方もある。

本種は都市近郊や一部の観光・リクリエーション地区で、生息・産卵地を失って絶滅することは今後さらに進むであろうが、新潟・福島両県以北の東北地方という広範囲な山地に多産するから、種としての存続をおびやかされる恐れはまったくあるまい。しかし生息環境のいちじるしい変化によって、特定地域において本種の生存があやうくなる可能性は充分に考えられる。

 

14)クロサンショウウオ Hynobius nigrescens nigrescens STEJNEGER

クロサンショウウオはStejneger(1907)が仙台産の標本について記載したもので、トウホクサンショウウオとほとんど重なって東北地方を中心に分布し、南限は日本海側では福井県東部まで南下している。

山に近い平地から2OOOmをこえる高山にまで生息し、ふつうは林床部の落葉、倒木、石の下などにひそんでいる。生息地の標高は海岸近くから奥大日岳、白馬大池までと垂直分布の幅がめだって広い。分布の南限近く(栃木、群馬、埼玉、岐阜、福井)では主として1OOOm以上の高所から生息が知られている。産卵は雪どけの頃からその後にかけて、山間、山地の水田、池、沼などの止水にみられる。

成体の全長は12〜20cmくらいで、カスミサンショウウオ属の中では大型である。尾長はほぼ体長に等しい。産卵期は地域により12〜7月にわたり、隣接水域間でも3〜4カ月の幅がみられる場合がある。産卵場の水温は0.5〜13℃である。産卵は夜半から明け方に行われる。

卵嚢は透明な外層と乳白色の内層からなり、形はアケビの実状で、この2点は本属の他種の卵嚢とはいちじるしく異なる。

幼生は静水型で尾鮨がよく発達している。丘陵地の水域ではかなりの幼生は夏から初秋にかけて変態するが、残りは幼生の状態で越冬して翌年の初夏に変態することも多い。越冬した2年目幼生の主要な餌は1年目幼生である。2年目幼生の全長は8cmをこえるものがある。1年目幼生間の共食いもふつうに行われる。成体の餌は陸上の小動物、すなわち、ミミズ、クモ、小型の多足類、昆虫、甲殻類などである。

本種は前述のようにトウホクサンショウウオとほとんど重なって分布し、南限はさらに南下して福井県の越美山地、長野県の諏訪湖、秩父山地、群馬県の赤城山、茨城県北部の山地を結ぶ線である。今回の調査であげられた県別の生息地の寡多は実際の生息密度を反映しているものか、あるいは調査の精度によるものかは、さらに今後の検討を要するが、今回の調査結果に限っていえば、冬季の積雪が多い裏日本型の気象の地方に多くみられる。

分布地域が広く、主として山地なので、種の存続という点からは危険はないが、観光開発、道路整備、ダム建設、森林伐採などで、地域的な生息環境の悪化は今後も進むであろう。大規模な環境破壊は主として公共事業として行われるもので、山地の諸開発に当っては、自然保護の立場から長期的な展望のもとに節度ある企画、施工が望まれる。

 

15)サドサンショウウオ Hynobius nigrescens sadoensis SATO

サドサンショウウオは佐渡島に生息する唯一のサンショウウオ科の動物で、本島には有尾類としては他にイモリがみられるだけである。このサンショウウオは従来、クロサンショウウオとみなされてきたが、分類学的検討を経て、別種として扱われることになった。

いずれにしても、佐渡のサンショウウオはクロサンショウウオとの共通のストックから、海進によって本州側と隔離された状態で独自に生きのびてきたものである。

本種の生息・産卵環境はクロサンショウウオとほとんど同じである。産卵場は海抜数mの水田、溜池から島内の最高峰の金北山(1,172m)への登山道わきのカキツバタ池(1,020m)まで垂直分布がひろい。山地や丘陵の林床部から低地の人家に近いやぶ地までが彼らの生活場所で、それに近い池、沼、湧き水、湿原、水田、コンクリート池、道路わきの側溝などに産卵がみられる。

成体の外形、大きさ、生殖行動、発生などはクロサンショウウオの場合とよく似ている。産卵期は標高、積雪量などとの関係で、地域によって12月から6月中旬にわたる。また、同一地点においても産卵期はかなり幅がある。山地の池ではまだ雪におおわれている時期にサンショウウオは岸の土と池をおおう雪の間の隙間から池に入り、雪におされて水中にたわんでいる岸辺の木の枝に卵嚢を産みつける。産卵期に水中にみられる雄の頬と胴の皮膚は膨潤している。

本種の分布については大佐渡が主な生息地といわれてきたが、本調査では大佐渡山地とその周辺に13地点、小佐渡では3地点をあげている。その後に判明したところでは、大佐渡の北端(弾崎)、外海府一帯、小佐渡の北端(姫崎)と南端(小木)にも生息する。さらに国仲平野にも点在的に生息がみられることから、本種は適当な林床部と産卵場がある地域には全島的に生息するといえるであろう。

近年、低地では農薬の使用、減反による溜池の埋めたてやダム建設などによる産卵場の消滅のために個体数はかなり減少したといわれる。しかし本種の大部分は山地の森林地帯に生息しているので、全体としては従来と比べて生息状況に大きな変化はないと思われる。佐渡の主要産業である観光面の開発はなお続くであろうが、離島のために工場などの誘致はむつかしく、人口はむしろ過疎化の傾向にあり、現在のところ本種の生息環境が全島的に悪化する懸念は少ない。しかし面積が857km2という限られた島であるから、自然破壊が現在以上に進まないように充分な注意が望ましく、また、数年ごとに生息環境と生息個体数の変化をチェックしていくことが必要であろう。

 

16)エゾサンショウウオ Hynobius rutardatus DUNN

エゾサンショウウオは、カスミサンショウウオ属のうちでももっとも北方に分布する種であるが、サハリンや沿海州には近縁種が見当たらないので、おそらく本州から拡散してきた祖先型に由来するものだろうと考えられる。

カスミサンショウウオ属のうちでは生息域の幅のもっとも広い種のひとつで、森林と止水のある場所ならたいていどこにでもすみ、垂直的にも平地から高山まで広がっている。ただし、遮蔽物がなくて乾燥するような環境では生活することができない。成体はいちじるしい防徨性を示し、繁殖期が終わると、水平的にも垂直的にも産卵場から遠く離れた場所まで移動する。したがって、満足な生活を送るためにはかなり広い地域を必要とし、それがかえってエゾサンショウウオを減少させる原因になっている。

分布域が広いので、場所によって繁殖期にいちじるしい差があり、南部の平地では4月上旬から5月上旬にかけて産卵が行われるが、北部や東部ではこれより遅れ、山地ではさらに遅れて6月中旬以降となることが多い。高山帯では7月になってから産卵が行われ、7月の半ばを過ぎてもなお産卵の見られることがある。それぞれの場所での繁殖期は、一般に雪融けのすぐあとだと考えてよさそうである。

産卵はふつう夜明けに行われ、池や水溜りのほかにかなり大きい湖水の岸なども産卵場となる。1カ所に群をなして産卵することが多く、水草や木の枝などに1対ずつの卵が産みつけられる。

卵は3〜4週間で孵化し、幼生は夏の終り頃までに変態を終えることが多いが、水温の低い場所では幼生のままで越冬し、ときには2年以上も幼生生活を送るものがある。いずれにしても、性的に成熟するのは2年め以降で、越冬の前に産卵場の近くへ移動してくるのが観察されている。

なお、倶多楽湖などでは幼形生殖をするものが知られている。

北海道に固有で、全域に広く分布しているが、付属の島嶼からは知られていない。かつては平地にも山地にも多かったが、環境条件の悪化にともなって平野部からは次第に姿を消し、とくに道央部の平地では極端に少なくなってしまった。

 

17)アベサンショウウオ Hynobius abei SATO

本種はSato(1934)により、京都府丹後地方産の標本に基づいて記載された。系統的に本種は、カスミサンショウウオ、トウホクサンショウウオに近い、と考えられている。

生息地は、標高20〜30m(右川県下)から100m(京都府下、広島県下)の間にある丘陵地で、産卵は二次林(竹やぶ雑木林)の内部、またはそれらに接した場所にある溝や水たまりになされ、幼生もそこで生活する。

幼体・成体も産卵場近くの二次林の林床に生息している。こうした生息環境は、現在もっとも土地開発され、宅地造成されやすい場所で、石川県下での分布地点の一部は住宅地域内にある。産卵期は、京都府下で11月下旬−12月下旬、石川県下で1月下旬−4月上旬、広島県下で12月−1月上旬、の報告がされ、京都・広島での積雪期の産卵が特異的な生態として注目されてきた。しかし、1地域内でも気象条件などによる期間のずれの可能性が指摘されている。

  幼生は5−6週間でふ化し、一般に8月下旬頃に変態する。京都府下では、1年以上水中にいる幼生の報告があるが、石川県下では越冬幼生は観察されていない。

幼体・成体の生活については不明であるが、産卵場のきわめて近くで生活していることは確実で、竹やぶの中にある溝の土中、落葉、倒木の下、などから発見されている。

成体は11〜12月には産卵場に集まり、水中に入る。産卵後、雄が卵塊の近くにとどまることは、他のサンショウウオ類と同じである。

幼生の天敵としてはアメリカザリガニが考えられ、成体はカラス・コサギ・モズなどに捕食される。

広島県三次市付近産のサンショウウオには、分類学的扱いの問題があるが、ここでは一応、このサンショウウオを本種に含めておきたい。このような取扱いをしても既知の分布地点数は、石川3・京都2・広島2、の合計7地点にすぎず、止水性サンショウウオのなかではもっとも限られた分布を示す。なお、このほかに島根県下に本種が分布していた、とする情報もあるが、詳細は不明である。

石川県下の4分布地点のうち、2地点では個体数は少ないながら、地域住民に保護されており、生態に関しても調査がなされている。他の2地点については、標本が得られているだけで、現在も生息しているかどうか不明である。

京都府下では近接した2地点に生息することが知られるが模式産地の峰山町付近では、水質汚濁のためか個体数が激減しているようである。

広島県下では、三次市の産地では都市化のため絶滅した可能性が高く、さらに高野町の産地でも最近の記録がなくここでも絶滅した恐れがある。

種の同定に疑問はあるが、島根県下に分布していた、といわれる個体群も絶滅したといわれる。

アベサンショウウオは、分布地点がきわめてせまい範囲に限られていること、生態・分類など学術的にきわめて興味深い種であること、などの理由から、小形サンショウウオ類の中でもとりわけその生存の保持が望まれる種である。

これまでに知られるアベサンショウウオの生息環境の悪化と個体数減少の原因は、カスミサンショウウオでも多くの例が報告された、水質汚濁と都市化とであり、後者の場合ほど急激ではないにせよ、アベサンショウウオも種全体としては着実に減少への道に向かっていると考えられる。

 

18)キタサンショウウオ Salamandrella keyserljngii DYBOWSKI

キタサンショウウオは、日本に固有でない唯一の有尾両生類で、ウラル山脈の西側からカムチャッカまでシベリアに広く分布するだけでなく、モンゴリアの一部、朝鮮半島の北東部、サハリン、北千島などにも拡がっている。

キタサンショウウオが北海道で発見されたのは戦後になってからで、その分布も今のところ釧路湿原に限られている。

サンショウウオ科のほかの種と違って、キタサンショウウオは生涯を湿原で送り、繁殖期を過ぎても成体が遠くへ移動することはない。生息地は、野地坊主と呼ばれるヒラギシスゲの隆起叢株が広がる低層湿原で、野地坊主のあいだに水溜りが散在し、またところどころにヤチハンノキやヤチダモの林が点在している。成体が繁殖期以外の生活をどのように過ごしているのか詳しくはわかっていないが、おそらく野地坊主の中や小さい林床の落葉の下などにすんでいるのだろうと思われる。

繁殖期は4月中旬から5月中旬までのあいだで、成体はその直前まで冬眠しているものらしく、卵巣の肥大した雌の個体が、3月中旬にまだ越冬中の状態で発見されている。産卵は、主として野地坊主のあいだの水溜りで夜間に行われるが、この時期にはまだ水底に氷盤があり、水面も夜間には結氷する。したがって、産卵は水温4〜8℃の冷水中で行われることになる。

卵嚢は水草の茎などに産みつけられるが、産卵中の雌にはふつう数頭の雄が追尾する。産みつけられた直後の卵嚢は、透明で螺旋状に巻き、表面にしわが多い。1卵嚢中の卵数はふつう50〜100個、1カ月前後で孵化し、その後3カ月ぐらいで変態を終えて亜成体になる。10月頃には亜成体のままで冬眠に入り、翌年の秋にようやく成熟して2回めの冬眠を迎える。したがって、卵が産みつけられてから性的に成熟するまでには2カ年を要するわけである。

前述のように、キタサンショウウオはアジア大陸の北部に広く分布しているが、国内での既知の生息地は釧路湿原に限られている。それも一様に分布しているわけではなくて、主要な生息地は湿原の西部に集中し、ごく少数の個体が東部からも発見されているに過ぎない。

湿原の北西部にある生息の中心地域では、現在でも毎年500〜800対の産卵が認められるが、環境条件は次第に悪くなっている。

キタサンショウウオは、昭和50年12月12日、釧路市の天然記念物に指定され、いちおうの保護はされているが、宅地化、農業用地の改良工事、河川の改修などで、生息域が次第にせばめられている。とくに問題なのは、湿原の水位が下がって草地化していくことである。

 

19)ブチサンショウウオ Hynobius naevius naevius(SCHLEGEL)

本種は西日本に分する代表的な流水性サンショウウオとして、止水性のカスミサンショウウオとならびよく知られている。

分布域が広く、形態には変異がみられ、しかもヒダサンショウウオ・オキサンショウウオ・ベッコウサンショウウオとの分類学的関係についても研究者によって見解が異なる。

 本種の分布地点の標高は10−700mにおよぶ広い範囲であるが、そのうち1OOm未満の低地に生息する例は、紀伊半島沿岸部のみから知られており、他の産地での分布記録はほとんど標高300m以上からのものである。

分布報告のなされた地点のうち、生息環境の記載のあるものについてデータをまとめてみると、分布地点の94%が森林で、残り6%が草地その他、となる。森林のうち、78%は二次林(落葉広葉樹林・混交林)によって占められ、残りの地点は自然林(11%)と人工林(11%)がほぼ同じ割合となっている。

地形としては、分布地点の83%が谷で、平地は4%にすぎない。また水環境としては、流水が98%を占め、止水は2%未満にすぎない。流水環境のうち97%は渓流である。

これらの数値は、本種が典型的な山地の森林渓流を中心に生活しているサンショウウオであることを示している。

成体のほとんどは谷と近くの斜面から発見されており、こうした場所の落葉・岩石・倒木の下面で生活している。

産卵は渓流の枝流で、日光を透さない場所が利用され、伏流水となった部分・植生で日光がさえぎられている部分になされる。ふ化した幼生も変態まで渓流の中で生活する。もっとも地点によっては山頂近くの湧水・湿地が産卵と幼生の生育環境となっている場合もある。本種の産卵期は生息地によって異なるが、一般に分布域の東北側の方が南西側よりも産卵期が早い。

幼生は産卵後4−5週間でふ化し、8−9月に変態するものと、幼生越冬するものとがある。

変態後の生長・性的成熟までに要する年数などは不明であるが、1−2年で性的成熟する、という報告もある。

幼生は毛翅目・蜉蝣目・積翅目の幼虫を食べ、天敵としてはサワガニが知られる。

成体はミミズ・クモを食べているが、他のサンショウウオと同様に小昆虫・カタツムリをも食べるものと考えられる。天敵としてはヘビ・鳥類のほかにイノシシが考えられる。

成体の一部は晩秋に産卵場近くまで移動するが、一部はそうした移動を行わない、といわれる。

本種の分布報告のあった261地点は、滋賀・三重以西の本州と、四国、九州の1府20県におよぶ広範囲に散らばっているが、京都・香川からは今のところ記録がない。また長野県下からの記録は、トウホクサンショウウオ系のサンショウウオの誤認であることが明らかとなった。

前述のように三重・和歌山両県の標高1OOm以下の生息地は、本種の他地域での生息環境からみると異例であり、学術的にも貴重な地域と考えられる。にもかかわらず、こうした低地はもっとも人為の影響を受けやすく、現に三重県下では絶滅の恐れさえある。

 

20)ヒダサンショウウオ Hynobius naevius kimurae DUNN

このサンショウウオはDunn(1923)によって、滋賀県比叡山産の標本に基づいて記載された。ブチサンショウウオとともに、流水性サンショウウオの代表として知られる。

ヒダサンショウウオの生息地は山地が大部分を占め、既知の分布地点の74%が標高200−1000mにある。分布地点の標高の最低は35mだが、100m未満の分布地点は北陸地方のみから知られている。逆に最高は1800mで、埼玉・富山・長野の3県にこの標高の分布地点がある。分布地点の標高の記録がある17都府県での、高低の差の平均は870mほどで、垂直分布の広いことが明示されている。

土地環境の86%を森林が占め、さらにその87%を二次林(落葉広葉樹林・混交林)が残り13%を人工林(針葉樹林)が占めている。森林を除くと、草地・荒地から発見されている。

また生息地の地形は、谷が82%を占めており、残り18%は斜面である。幼体・成体はこうした場所に生息し、卵・幼生はすべて渓流から発見されている。

産卵に先立って、積雪前に多数の個体が渓流近くに移動することが知られている。

産卵場所は、渓流の源流域の枝流で、水底の岩石の下などに卵のうは産みつけられる。幼生は約5週間かかつて孵化し、水生昆虫などを食べて生長する。

幼生のなかには8月〜9月下旬に変態するものと、幼生越冬するものとがあるが、両者の比率や、その差を引きおこす原因などについては不明である。

幼体は水辺近くの斜面で落葉・岩石の下などで生活しているが、成体は水からかなり離れた場所で発見されることも多く、林床の落葉・コケ・倒木・岩石の間や下、土中などで得られている。主に夜間や降雨時に活動し、ミミズ・昆虫・ナメクジ・端脚類などを食べている。

変態後の生長・性的成熟に要する年数・天敵などに関する報告はないようである。

ヒダサンショウウオの分布域は本州に限られるが、分布の報告は多く、1都2府17県の合計312地点にのぼっている。ただし、この数値は主として文献の記録によるもので、報告のあった地点での現状が不明な例が多い。

ブチサンショウウオと比較して本種の個体数は多い、とする報告もいくつかみられる。生息状況の変化の具体的な資料はとぼしいが、既知の生息地破壊の原因として、森林伐採・道路建設・ダム建設・観光地化・水質汚濁があげられており、山地に生息するサンショウウオ類に共通の環境圧のかかっていることを示している。

 

21)オキサンショウウオ hynobius okiensis SATO

オキサンショウウオは、佐藤(1940)により、島根県隠岐郡島後産の標本に基づき記載された。現在までに他地域からの報告はなく、島後島の特産種となっている。

本種は、形態・生態的特徴から、流水性のブチサンショウウオやヒダサンショウウオにごく近縁と考えられ、研究者によっては本種をブチサンショウウオの1亜種とみなしているが、幼生がバランサーをもつなど、他種よりも止水性サンショウウオに近い特徴をそなえている。

島後はかなりの面積をシイ・カシの極相林に被われているが、オキサンショウウオは森林のあるところ、標高30mの海岸近くの低地から、500mの山頂近くの高地まで広い範囲にわたって生息している。

幼生は各地の渓流から発見されているが、これまでに成体の得られているのは標高40−500mの間の二次林(針葉樹と陰樹からなる混交林)で、林床にある落葉の下や土中、渓流沿いの斜面の岩石の重なった場所である。

尾根に近い渓流の源流域で、流れが岩石に被われて伏流水となった場所に産卵がなされ、これまで標高100mと170mの地点で卵塊が発見されているが、流れの中で発見される場合は上流から流されたものである。

本種の生活史については断片的な資料しかない。

産卵期は2月下旬−3月と考えられている。幼生は一部がふ化した年の8月下旬から9月上旬に変態し、一部は幼生越冬して翌年の春に変態するとも、ふ化の翌年の5−7月に変態するとも、いわれるが、飼育下では8月から9月にかけて変態している。

幼生は水生昆虫やヨコエビの1種を捕食し、天敵としてはサワガニ・ハゼの類が知られている。

成体は積雪前の12月下旬には渓流近くの水辺に移動し、一部は水中に入って産卵にそなえる。

オキサンショウウオは島後のみに特産するが、島後内での分布域は広く、現在でも生息環境は良好な場合が多い。しかし、最近になって生息状況の変化が各地で徐々に起こりつつある。その主内容は、ブチサンショウウオ・ヒダサンショウウオなど近縁の流水性サンショウウオの場合と共通な伐採、林道建設、観光地化であり、これらに対する保護策も上記のサンショウウオの場合と同様のことが考えられよう。

 

22)ベッコウサンショウウオ Hynobius stejnegeri DUNN

本種は鼈甲のような色調をしており、日本産のサンショウウオのうちではもっとも美麗な種類である。分布域は中央構造線以南の九州山地に限られ、その南限は南九州火山地域に達しない。大まかにいえば、それは阿蘇山と霧島山にはさまれた山地である。また、四国に分布の可能性もあるが問題は今後に残されている。棲息地は500〜1,500mていどの落葉広葉樹林ないし混交林(主としてブナ)で、分布地南限では常緑広葉樹林となる。本種はこのような山地の森林とそこを流れる渓流を生活の場とする、典型的な山地型サンショウウオといえよう。

熊本県上益城郡の国見岳(1,450m地点)での観察によれば、産卵は5月初旬と推定される。ここは落葉広葉樹林中の源流で、伏流のあるような場所の水底の下20〜30cmのところにある礫片とか、このような場所に半分埋った大石や朽木の下に卵嚢が産みつけられていた。産卵場の水温は5月下旬で10℃。卵嚢は円く彎曲した紐状で、全長17〜30cmある。卵は1卵嚢中に8〜28個。5月22日に、胚は尾芽期から孵化中のものまであったという。幼生は産卵後約1カ月で孵化するものとみられる。幼生は、いわゆる山地渓流型幼生で、指には黒くて鋭い爪をもち、体色は黄褐色で黒点が連続して黒い斑紋になっている。幼生はほぼ1年間を渓流中で過すものと思われる。

行政区画からみると、本種分布地の大半は熊本県に含まれていて、熊本県では1969年に本種を天然記念物に指定した。しかし一方ではスーパー林道による森林破壊と、ブナ林の伐採が大規模に進行している。幼生は長期間渓流で育つことから、1年を通じて水量が安定し、かつ水温が上昇しないことが必要である。渓流とその周縁はできるだけ自然のままに残す必要がある。

 

23)オオダイガハラサンショウウオ Hynobius boulengeri(THOMPSON)

本種はThompson(1912)により、奈良県大台ケ原山産の標本に基づいて記載された。

ブチサンショウウオに代表されるカスミサンショウウオ属の流水性サンショウウオと生態的に似た点が多いが、頭骨の構造、体色、胚の発生過程などの相違により、別属を構成するとされることが多い。分布の特異性からも注目される種である。

本種の分布地点の標高は200〜1,750mの間にあるが、ほとんどの例は400m以上である。

産卵期は、和歌山県本宮町で4月初旬、愛媛県石鎚山系で5月中・下旬、高知県西土佐村で8月、の記録があり、一見、ブチサンショウウオにみられる分布域の西側での産卵期の遅延、の傾向が示唆されるが、産卵期の推定に関し胚の発生段階を考慮していないという問題点もあり、今後、より詳細なデータの集積が必要である。

産卵は未明になされ、源流域の水中にある大きな岸石・倒木の下など、日光のさし込まない場所に卵嚢が産みつけられる。雄が産下された卵の近くにとどまる点は他種と同様である。

幼生は3−4週間でふ化し、しばらくの間は卵黄から栄養を吸収している。その後水生昆虫を食べて生長し、その年の8月下旬−10月上旬に一部は変態するが、大部分は幼生越冬して翌年の6月中・下旬頃に変態する。

変態後の生活については不明の点が多いが、幼体は渓流近くの岩石の間などで発見される。成体も同様の場所にいるが、水辺からかなり離れた林床の岩石の間・土中・枯葉の下などからも発見される。

土中で越冬する例が知られているが、先に述べたような、半年以上水中にみられる例はその期間中に厳冬期を含んでいる。

幼体・成体は主として昆虫・クモなどを食べるが、成体がシーボルトミミズを食べているのを観察した報告もある。

天敵として、成体をシマヘビが捕食していた例がしられている。

生長・性的成熟などに関する情報はない。

生息地の土地環境としては95%が森林で、残りは山地湿原などである。森林のうち、71%が二次林(落葉広葉樹林・混交林)で、残り29%は自然林である。

分布地点の地形はすべて谷と斜面とであり、水環境は例外なく渓流である。

産卵には渓流の源流近くが利用され、幼生は産卵場付近とその下流で生活している。

幼体・成体は、渓流の近くや斜面で、積み重なった岩石の間、林床の落葉・倒木の下、などで生活しているが、半年以上成体が渓流中にみられる場合もある。

オオダイガハラサンショウウオは、紀伊半島・四国・九州の一部、に分布し、その分布域は地史・地質構造と密接な関係をもっていると考えられている。

生息密度に関する情報には精粗があり、生息状況の把握は困難だが、ほとんどの地点でほぼ普通ないし少産と報告されている。しかし、分布の北限である三重県北冷水の産地では、水質汚濁により現在すでに絶滅している可能性が高い。そのほかに、主として森林伐採・道路建設のために本種の生息がおびやかされている地点は、三重県宮川村・和歌山県本宮町、高知県大正町、同十和村など広範囲にわたっており、本種の生息地は、徐々にとはいえ確実に消失の方向にあり、いくつかの地点では、すでにかなりの影響がみえはじめている。生息地のほとんどは山岳地帯にあるため分布調査は不十分で、今後も新しい分布地点の発見される可能性は大きいが、その反面で人目にふれないまま環境悪化のために消失していく生息地もあるだろう。

 

24)ハコネサンショウウオ Onchodactylus japonicus(HOUTTUYN)

ハコネサンショウウオは、1776年、C.P.Thunbergが箱根で得た標本に基づき、M.Houttuynにより1782年、Salamandra japonicaの学名で記載された日本固有の、急流適応型サンショウウオの1種である。日本のサンショウウオではほとんどの種が短尾型で、エゾサンショウウオ以外、頭胴長に達するものはないが、ハコネサンショウウオでは非常に長く、頭胴長をはるるに凌駕するなどいちじるしい特徴がある。

ハコネサンショウウオは一般に、森林の発達した山地に生息し、本州中西部や四国地方では1,OOOm以上の高地、ときに2,OOOm以上の高山帯にまで進出している。しかし、日本海側の各県や本州北部では、そこが山地帯の一部であるかぎり、20m程度の低所にまで見られる。

成体は、昼間は渓畔の叢間や岩石の下、陰湿な林床の岩石・倒木の下、樹洞内などに潜伏し、夜間あるいは雨の日に附近を徘徊し、昆虫やミミズ、その他の小動物を捕食する。

産卵は4月下旬から6月にかけて行われるが、北部では7月、まれには8月上旬にまで及ぶことがある。

産卵場所は渓流に繋がる湧水、または湧水の流入する小流で、地上からは認めにくい岩隙や岩石の裏側などに卵のうが産付される。孵化した幼生は水量の少ない小流や、水勢の弱い川岸の浅瀬などの落葉下・小石の下で、水生昆虫などを餌にしながら生活してその冬を越し、2年目は水量の多い本流に移動、さかんに採餌して成長して2回目の冬を越して翌年の春から夏にかけて変態を終え、陸上生活に移行する。

以上のことから本種の生息条件を検討してみると、次の4点が主要条件として挙げられるかと思う。

(1)一般的には、日当りのよくない北または北に偏した斜面であること。

(2)産卵場所としては、卵塊を産付するに適する、水に洗われる岩壁または岩隙があること。そうしてその水は年間を通じて温度変化の少ない、豊富な湧水であること。

(3)幼生の生活場所としては、岩をかむ清流があり、水中には気泡やO2が多く、人工的汚水などの流入がないこと。

(4)成体の生活場所としては、湿潤な大気環境を提供する広大な自然植生の森林があり、昼間潜伏所として用いるにふさわしい礫・落葉堆・倒木などが豊富であること。

ハコネサンショウウオは、本州北端の青森県から近畿地方の京都附近までほぼ連続的に分布し、それ以西および以南では紀伊半島の中央山地、中国山地、それに四国の山地帯に不連続に分布するだけである。九州地方や北海道からは未知であり、佐渡・隠岐のような離島にも分布しない。

ハコネサンショウウオは、九州と北海道を除く日本各地の山地帯に広く分布し、その個体数も多い。

しかし、本種は幼生期間が長く、単年で変態が完了できないという性質をもつだけでなく、元来、環境への適応性の低い動物なのである。たとえば成体は皮ふ呼吸のみで生活するため、乾燥にはとくに弱い。したがって、森林が伐採され、生息地が乾燥し、それがために個体数が激減する危険はきわめて高い。すでに箱根地方をはじめ、多くの生息地で、このような例が知られている。

また、幼生は水中でえら呼吸をするが、そのえらが不完全であるため、それを補うために皮ふ呼吸が併用されている。したがってハコネサンショウウオは、水中の溶存酸素の豊富な環境を選好する。急斜面で岩をかむような急流に生息地があるのは、このことが原因の1つであると考えられる。こうした背景があるため、水の汚濁にはきわめて敏感で、山小屋からの汚水の流入、冬期における路面凍結防止剤(塩化カルシウムなど)の流入など、たとえ量的にはわずかであってもハコネサンショウウオ幼生への影響は少なくない。

その他、山岳地帯に林道・観光道路・高速道路などが建設される場合、工事時に生じる土砂が無計画に投棄されると、それによって河床が埋められ、幼生の生活場所が失なわれたり、流水近くの成体の潜伏所が破壊されたりし、その地域のハコネサンショウウオ個体群に大きな打撃を与えることになる。四国の石鎚山や箱根地方などで、こうした事例が数多く指摘されている。

道路の影響は、さらに次のような形でも現われる。すなわち、ハコネサンショウウオは産卵期になると、それぞれ潜伏所から産卵場に向かい、かなり長距離を移動するが、もし、その移動コース内に、それを横切る形で道路が設けられると、通過する自動車に轢殺される個体が激増する。また、道路の側溝が開渠の形で設けられると、ここに転落する個体も少なくない。そうして、側溝の構造にもよるが、そこから脱出できず、乾燥死する個体があとをたたないということになりかねない。

以上のように、森林伐採、山小屋などの施設の建設、それに道路建設などは、いずれもハコネサンショウウオの個体数に大きな影響を与える。これは、近年急速に進行している日本列島のブナ帯開発と無関係ではない。

ハコネサンショウウオの保護上、もう1つの問題点は、多産地における薬用を目的とした大量捕獲である。繁殖期に、産卵地に集来するハコネサンショウウオを、「うけ」を用い、大量に、しかも一気に捕獲するというのがそれである。かつては東京の奥多摩辺りでもその業者がいて、1シーズン、万を越えるサンショウウオが捕獲されたというが、現在では個体数が激減し、その盛況をしのぶのが難しい。大量捕獲は奥多摩だけでなく、箱根、日光、鬼怒川、南会津など、各地の多産地で行われていたようであるが、今日では、いずれの産地も往時の盛況を失ないつつある。日本列島のブナ帯開発が急速に進み、じわじわとハコネサンショウウオの生息地をおびやかしているからだといえるかもしれない。生息地の環境が良好に保たれている時代ならいざ知らず、今日のように開発が進み、個体数が減少しつつある時代では、営利を目的とした濫獲は極力これを回避しなければならない。

 

25)セマルハコガメ Cyclemys flavomarginata flavomarginata(GRAY)

琉球諸島に分布する陸産、淡水産のカメには3種があり、固有の種はいない。琉球諸島内での分布は沖縄本島とその周辺の島々および八重山諸島に限られ、奄美諸島にはみられない。このうち、国の天然記念物に指定されている2種、セマルハコガメとリュウキュウヤマガメが今回の調査対象となっている。

セマルハコガメはカメ科ハコガメ属に属し、国内では石垣島と西表島に分布するほか、台湾、中国(洞庭潮)にも分布する。ハコガメ属は東南アジアを中心に分布する8種を含み、本種はもっとも東北端にまで分布している種である。甲長は11〜17cmで、14cm前後のものが多い。その名が示すように背甲は丸く盛り上り、黒褐色または暗紫色を呈する。鱗板の中央部は淡い褐色となる。腹甲の前半部と後半部とはちようつがいのように連なっていて、危険を感じると四肢・頭・尾を甲に収めたのち、腹甲を背甲にくっつけて完全に甲を閉じることができる。これがハコガメ(箱亀)の名の由来である。水かきの発達は悪く、泳ぎは下手である。

本種は、亜熱帯広葉樹林の山林内、特に山すその低湿地、河川の流域、沼沢の隣接地に生息し、標高400m以上の地点にはほとんどみられない。西表島では、牧場、水田、草原などを除き、大ていのところで本種を見出すことができ、海岸平地の林の中で見かけることもあるという。生息場所には適度の湿気が必要で、乾燥した場所にはきわめて少い。晴れた日の日中は倒木の下や根株の隅、岩や落葉の下にひそんでいるからこのような隠れ場の多い地点が生息に適しているといえよう。また、セマルハコガメは動物質のほか植物質も餌とし、亜熱帯広葉樹林のなかでもアダン・フトモモ・シイ・カシなどの果実・種実の豊富な場所を好むようである。サツマイモやパイナップルを栽培している畑地に接した林縁部に多いことも、食性と関連している。このような場所の砂質土や河川域の砂質地は、産卵場所としても利用される。

産卵期は6〜9月で、主として砂質の場所に2〜5個の卵をうむ。卵は地面から5cm内外の深さにうみつけられるので、土層が薄いところは産卵場所として不適である。

卵は長径45mm、短径25mm、重さ15g内外、産卵直後の卵殻はクリーム色であるがやがて白帯があらわれ、その幅が広がって全体が白色となる。室内で卵は産卵後80日目くらいに孵化し、甲長36mm、体重10gほどの幼体がうまれる。殻に害れ目が入ってから完全に脱け出すまで1〜2日かかる。野外で幼体を見かけることはほとんどなく、幼体は安全な場所にひそんでいるらしい。幼体の腹甲はあまり動かない。

成体はもっぱら夜間や雨天の日に行動する。ほぼ完全に陸上性で、足場のない水中では溺死することがある。雑食性で、動物質の餌としてはミミズ・カタツムリ・メクラヘビ・各種の節足動物、植物質としてはシイ・カシの種実、フトモモ・アダン・サツマイモ・パイナップルの熟果などがある。イノシシの腐肉に集ることもあるという。

石垣島では、オモト岳(526m)を中心とする北部から中央部の山地を主体に、各地で生息が確認されている。ただし、東北端に突出した平久保半島に分布しているかどうかは明らかでない。1945年に生息が確認されていた平久保(カーラー岳)、川原(西水岳)、前山(万勢山)ではその後開発と乱獲のため絶滅したと判断されている。1960年代以降の現認記録があるのは6地点である。

一方、西表島は石垣島より山地面積が広く、開発の進んでいないこともあって、分布域ははるかに広い。ここでの記録はすべて1960年代以降の比較的新しい現認記録と文献記録よりなり、セマルハコガメの生息地点はほぼ全島にわたっていることがわかる。石垣島では生息地の環境が悪化して個体数がいちじるしく減少しているのに対し、西表島にはかなり多数生息している。

特に石垣島で本種が大きく減少した原因は2つである。1つは観光みやげの剥製とするために乱獲されたことである。また、形が面白いこと、人に馴れやすいこともあって愛玩用として捕獲され、古くはセキ・ゼンソクの漢方薬としても利用された。もう1つの原因は山地の開発である。主として低地、丘陵地の林が伐採され、水田や畑地に変ったため、生息場所が大幅に狭められてきた。このようにして個体数が減少したため、沖縄県(当時は琉球政府)の天然記念物に指定され、日本復帰とともに国の天然記念物(昭和47年5月17日指定)となって現在に至っている。

天然記念物指定により、剥製が店頭に並ぶことはなくなった。民家に飼育されていたカメも県の手で野外に放たれたという。ついでながら、数年前まで剥製として売り出されていたミナミイシガメも、近年店頭から姿を消しつつある。山地の開発も現在では各所で規制されているので、今後の減少はかなりくい止められるであろう。西表島は本種が天然記念物になるとほとんど同時に国立公園に指定されたから(昭和47年5月15日指定)、西表島のセマルハコガメは二重保護されていることになる。この島に関しては個体数減少のおそれはないであろう。

 

26)リュウキュウヤマガメ Geoemyda spengleri japonica FAN

カメ科ヤマガメ属に属す。この属は広い分布を示すが、日本には琉球諸島にリュウキュウヤマガメ1種が分布しているにすぎない。本種は中国南部からマレーシアにかけて分布し、琉球諸島のものは大陸のものとは異なる亜種として区別されている。沖縄本島とその周辺の島にのみ生息し、八重山諸島と台湾に分布しないことは注目に値いする。

甲長11〜16cmも背甲には中央と左右に計3本の顕著な縦隆起があり、体後部の鱗板は後縁が突出し、全体としてギザギザになっている。色は背甲が褐色または赤褐色、腹甲は黒褐色である。沖縄本島に生息する陸産のカメは本種のみであるが、このほかに人為的に移入されたセマルハコガメが定着している可能性がある。

その名が示すように、山地の森林内に生息する。比較的湿気の多い場所を好み、陽の当らない林床、湿地、流れの近くにみられる。落葉や石の下などにひそんでいることが多い。山林内のほか、大戦中につくられた防空壕あとでも発見されている。乾燥した尾根付近で見つかることもあるが、このような例はきわめて少い。リュウキュウヤマガメの生息環境を詳しく記述した報告はないが、ほぼセマルハコガメと似た環境であると思われる。沖縄本島北部では、このカメのいるところにはハブが多いといい伝えられている。これは本種の生息環境とハブの生息環境とが合致しているためであろう。

イシガメ・クサガメの類が淡水で生活し、ほとんど水辺から離れることがないのに対し、リュウキュウヤマガメはもっぱら陸上で生活し、水に入ることは稀で、したがって、水辺からかなり離れた場所でも見つかる。このような生活場所の差は水かきの発達の程度に反映し、イシガメなどがよく発達した水かきをもつのに反し、本種では水かきの発達が悪い。

リュウキュウヤマガメの繁殖に関する詳細な観察は、まだなされていないが、6〜8月に谷川の砂質の斜面に4〜5cmの深さの穴を掘り、その中に4〜6個の卵をうむ。水中性のイシガメ・クサガメの類が水辺に産卵するのに対し、本種は水辺には産卵しないらしい。

成体は草食性と考えられていたが、バッタ・コオロギなどの昆虫やミミズを食べることの報告がある。植物性の餌としてはシイ・カシなどの種実や各種植物の芽を食べる。また、サツマイモを好んで食べ、以前は開墾地のイモ畑によく出没したという。これらを総合するとリュウキュウヤマガメは雑食性とみなされる。飼育下ではパン、米飯、フナ、ドジョウなどを食べることが知られている。

天敵はあまりいないようであるが、イノシシはほかに食物が得られない場合には本種を捕食し、アカマタは孵化直後の幼体を捕食する。セマルハコガメのように甲を閉じることができないから、防御機構はいくぶん劣るであろう。

本種が沖縄本島に分布することがはじめて報告されたのは1891年のことである。それ以後、長い間沖縄本島のみに分布するとみなされてきたが、最近になって久米島と渡嘉敷島にも分布していることが判明した。

沖縄本島の分布域は名護市以北の山地であるが、調査票の分析から、現在までに生息が確認されている地点は大きく3つの区域に分けることができる。1つは大宣味村大保と東村平良を結ぶ線より北の地域で、ここは最高峰与那覇岳(498m)を中心に西銘岳、伊部岳、伊湯岳などの山々が連なり、本島でもっとも深く大きい山塊をなしている。この地域のリュウキュウヤマガメに関する調査票は29枚で、沖縄本島全体の枚数の実に70%を占め、この地域に本種が多く生息していることがわかる。このカメを沖縄でヤンバルガーミとよぶが、ヤンバルとは北部の国頭地方のことを指している。2番目は名護市多野岳(383m)を中心とし、一つ岳、名護岳を含む山地で、ここでは9地点から生息が記録されている。名護市の世富慶と二見を結ぶ線が、沖縄本島におけるリュウキュウヤマガメの南限をなす。3番目は本部半島の嘉津宇岳(460m)、八重岳(453m)を中心とする山地である。ここではわずか4枚の調査票しかなく、個体数は比較的少ないと推測される。この4地点のうち、本部町大嘉陽では開発によってすでに絶滅したと考えられる。個体数の推定は難かしいが、少くとも北部においてはそれほど珍らしいものではなく、1km2あたり30〜40匹という推定がある。

久米島と渡嘉敷島の調査票は各2枚にすぎず、その個体数は、島の面積や林相などからみてきわめて少ないと考えられる。

昭和48年12月18日に県の天然記念物、昭和50年6月26日に国の天然記念物に指定された。これにより、従来愛玩用として捕獲・販売されていたリュウキュウヤマガメは法律的に保護されることになり、一応の成果はあげたといってよい。しかし、山地の開発は本種の生息環境をいちじるしく狭めている。本部半島や名護市周辺では山林が農地や宅地に転換され、自然林は減少した。沖縄本島北部では、カエル類の項で述べたようにダムや道路が建設され、以前に比べて生息環境が悪化したことは否めない。天然記念物として捕獲を禁じるのみでなく、生息環境を乱したり狭めたりしないよう配慮することが大切である。

 

27)タワヤモリ Gekko tawaensis OKADA

本種は西日本の比較的限られた地域にみられる野外性のヤモリである。府県単位でいえば、四国全県、大阪府・兵庫県・岡山県から知られる。四国では香川県下の調査がもっとも進んでおり、県下のほぼ全域と6つの島(小豆島・櫃石島・岩黒島・与島・手島・粟島)からも見出されている。愛媛県では伊予三島市の銅山川の渓流ぞいと、宇和島市から知られるのみ。高知県は足摺岬周辺の海岸と東洋町甲浦が既知、徳島県では内陸部や海岸岩崖を含む数カ所が記録されている。岡山県では北木島・白石島の2島を含む県南部から知られている。兵庫県ではわずかに家島諸島の家島から知られるのみ。大阪府は南部の海岸岩崖から見出され、ここが今のところ分布の東限である。

タワヤモリは低山・丘陵地の露岩のある山林(アカマツ林)、海岸岩崖のあるクロマツ・トベラ・ウバメガシ林に棲息する。昼間はこのような場所の、剥れかかった樹皮下や岩の割れ目などにひそみ、夜間に出現して摂食する。時には昼間にもみかける。またこのような環境に隣接した社寺・祠・倉庫・人家などで発見されることもあるが、人家を主な棲息場所とするニホンヤモリとは、普通は生活場所がふれ合わない。

岡山県笠岡市の北木島での観察によれば、産卵期は6月下旬と7月、知られている範囲では雨のしみ込まない岩の割れ目や岩にあいた穴などに産卵される。

越冬は岩の割れ目が利用される。単独のこともあるが、各齢の複数個体が集合していることもある。性行動については観察例がない。

本種の生息場所を、低山や丘陵地の露岩地域と海岸岩崖とに大別すると、保護の立場から見て次のことが指摘できる。

1)低山・丘陵地の露岩地域は、もっとも土地開発の遅れているところであり、現在のところあまり問題は無いようである。しかしマツクイムシ防除のため農薬が散布されて影響の出る恐れはある。

2)海岸の岩崖にもしばしば見出されている。このような場所の海岸岩崖は、海と連続し、しかも後背地の山林とも連続させておくことが必要である。岩崖下に遊歩道をつくると、崖上からの流下土砂が崖下に堆積し、崖の割れ目をも埋めてしまう。また海浜からの餌となる小動物の移動が妨げられる。崖上に道路ができると後背地の山林と分断されることになる。このほか、崖そのものを消滅させる人工海岸化はもっとも望ましくない。本種は自然海岸(岩崖)の自然度指標種となる可能性があり、近縁種のニホンヤモリと比較しながら、本種の生態的特性を明らかにする必要がある。

 

28)クロイワトカゲモドキ Eublepharis kuroiwae kuroiwae(NAMIYE)

トカゲモドキ属のは虫類はきわめて不連続な分布をし、中東地方、海南島付近および琉球列島の中央部から知られている。この不連続性の一部は、おそらく調査の不備によるものだろうが、一方で、アマミノクロウサギやイボイモリなどと同じように、強い遺存性を示していることも確かである。したがって、琉球列島に分布しているは虫類のうちでも、もっとも貴重な存在のひとつだといってよいだろう。

クロイワトカゲモドキは、薄暗くて湿度の高い亜熱帯性の常緑広葉樹林にすみ、とくに岩の露頭があったり岩塊の積み重なったような場所を好む。日中は倒木の下や石垣の中などに潜み、日が暮れてから外へ出てきて活動する。性質がこのように陰性なので、人目につく機会は少ないが、石灰洞、旧防空壕、旧式墓など、自然や人工の洞窟に入りこんでいることがよくある。ふつうのヤモリ類と違って洞壁を歩きまわることはなく、たいていは洞床や岩の上で休んでいる。動作は比較的緩慢で、興奮すると手足をふんばり尾を上げて、先端をゆり動かす性質がある。尾の状態には変化が多く、とくにいったん切れて再生した場合には異常に太短かくなるが、栄養状態によっても尾の太さが変わる。

おもに小型の昆虫類を捕食するが、オオゲジの吸血したゴキブリの死体なども食うらしい。餌を襲うときの動作は敏速で、ヤモリ類に近縁な動物であることを思わせる。

冬眠から覚めるのは2月の後半で、4月頃から繁殖期に入る。初夏までに2〜3個の卵を産むことが知られているが、それ以後の発育の様子はほとんどなにも知られていない。11月中旬には、石垣や堆積した岩のあいだに潜りこんで冬眠に入る。

沖縄本島に固有で、おもに北部と南部から記録されているが、今後の調査が進めば、中央部からも見つかることだろう。個体数はあまり多くないが、もともと見つかりにくい動物なので、個体群の大きさを推定することはむずかしい。

クロイワトカゲモドキは、昭和53年11月9日、沖縄県教育委員会指定の天然記念物になり、地域を定めずに保護されている。さいわいなことに、既知の生息地の多くはほかの面からの保護も受けているので、急速な環境条件の悪化はなさそうに思われる。

 

29)マダラトカゲモドキ Eublepharis kuroiwae orientalis M.MAKI

マダラトカゲモドキとクロイワトカゲモドキとは、体の斑紋以外に重要な差異がなく、しかも斑紋にはかなりの個体変異があるので、亜種を区分する価値があるかどうかという点にかなり問題がある。同物異名とみなすのがおそらく正しい方向だろうと思われるが、より十分な材料に基づく再検討がなされるまで、分類学的な変更は差し控えておきたい。

生息環境、習性ともに基亜種のクロイワトカゲモドキと同じで、久米島では石灰洞からも見つかっている。既知の資料がもっとも多い渡嘉敷島では、民家の石垣や拝所の森、旧式墓の中などにすみ、夜間に出てきて餌を探すのが見られる。

沖縄本島の西側に位置する渡嘉敷島、伊江島、渡名喜島および久米島に分布し、渡嘉敷島では個体数が比較的多いがほかの島じまには少ない。伊平屋島などにも分布するのではないかと思われるが、まだ確認されていない。

生活史は基亜種と同じだろうということは想像できるが、現状ではなにもわかっていない。

本種も天然記念物に指定されている。しかし、この亜種の分布する島は面積が小さく、環境の変化が直接に影響するので、今後とも保護には十分な配慮が必要であろう。

 

30)オビトカゲモドキ Eublepharis kuroiwae splendens K.NAKAMURA et S.UENO

クロイワトカゲモドキの1亜種で奄美群島徳之島の固有亜種で、全島に広く分布するが、個体数はあまり多くないらしい。

 

31)アカウミガメ Caretta caretta gigas DERANIYAGALA

いわゆるウミガメはウミガメ科とオサガメ科に大別され、いずれも遊泳に適した体形をとっている。特に前肢は大きなヒレ状となり、強力な遊泳器官として機能する。四肢と頭部を甲の中に完全に引込めることはできない。もっぱら海中で生活し、原則として産卵時しか上陸しない。熱帯・亜熱帯の海域を中心に広く分布し、一部は温帯にもみられる。今回の調査対象となった3種、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイはウミガメ科の種で、属はそれぞれ異なる。

アカウミガメはアカウミガメ属に属し、ウミガメのなかでもっとも北方にまで分布する種である。日本近海にみられるウミガメの大半がアカウミガメで、日本本土で産卵する唯一の種でもある。それだけに保護の問題に関し、他種とは比較にならぬほどの重要性がある。甲長70〜100cmのものが多い。背面は赤褐色、腹面は黄色味が強い。

太平洋、大西洋、インド洋に広く生息し、沿岸性で外洋ではあまりみられない。熱帯ではむしろ少く、亜熱帯・温帯の海に多い。どちらかといえば岩礁地帯より砂泥地に多いという。外国ではときどき川をさかのぼるという記録がある。

一般にウミガメ類では採食場所と産卵場所がわかれている。アカウミガメが日本にやってくるのは産卵回遊のためで、産卵が終ると日本近海を去り、孵化した幼体も日本から遠く離れた海域で発育する。したがって年間の大半を過す採食場所は日本南方の温暖な海域、特に餌となる動物の豊富な浅い海が生息の本拠である。産卵場所として利用するのは比較的広い砂浜で、通常、人家などのあかりの見えない場所を選ぶ。オーストラリアの東岸域は世界でもっとも有名な産卵場であるが、ここでは陸地の砂浜以外にサンゴ礁(グレートバリア礁)の砂洲にも産卵する。

日本は西部太平洋における主要な産卵場で、夏期になると多くのアカウミガメが黒潮にのってやってくる。産卵期は場所によって多少違うが、5月から7月の間である。雌雄は産卵場近くの海中で交尾し、雌のみ上陸して砂の中に産卵する。満潮時や荒天時にも海水のかからない場所に穴を堀る。まず前肢で体が入る程度の浅いくぼみをつくり、ついで後肢で50cmばかり掘り下げる。卵は球形で直径40〜45mm、卵数は60〜150個で平均は120個内外である。卵はたがいに積み重なり、全体として径20cm、高さ30cmばかりの塊りをなす。産卵には10〜30分かかる。産卵後は砂をかけて卵を隠し、海へもどっていく。1匹の雌は2〜3週間の間隔で何回か産卵するが、産卵数は回を追って減少する傾向がある。また、1個体についてみると、2〜3年おきに産卵するという。

孵化までに要する期間は巣内の温度によって異なるが、一般に7〜10週間である。同じ巣の中の卵はほとんど同時に孵化する。卵殻からぬけ出るのに約2日かかり、その間に臍帯部が乾燥する。孵化した幼体はつぶれた卵殻の上につぎつぎと砂をくずしながらしだいに上へのぼり、砂からはい出る。そしてほぼ一直線に海へ向って走りだす。

幼体の生活についてはほとんど不明である。少くとも日本では、1〜2才と推定される個体はみつかっていない。子ガメがもっぱら浮上生活し、成長するにつれて潜水生活に移行するという飼育下での観察から、日本で生れた子ガメの生活の場は太平洋の最低水温20℃の等温線付近から熱帯にかけての広い海域、しかも黒潮によって日本に接近することのない海域であろうと推測されている。成長して潜水時間が長くなるとしだいに岸へ近づき、沿岸部での生活をはじめると考えられる。

成体は肉食性で、魚類、甲殻類、軟体動物などを捕食し、猛毒のカツオノエボシさえ食べるという。藻類を食べることはほとんどないらしい。肉食性のためか、かなり攻撃性が強い。

今回の調査でアカウミガメの記録された地点は、沖縄、大隅諸島、鹿児島県から茨城県にかけての太平洋岸が主体であり、ほとんどすべての県で産卵・孵化が確認されている。日本海側では隠岐島、鳥取県、石川県で記録され、鳥取・石川両県では産卵も確認された。熊本・長崎県でも少数ながら産卵する。以上のような結果は、アカウミガメの分布域が黒潮および対馬海流に強く依存することを示している。太平洋岸の産卵北限は茨城県日立市会瀬海岸、日本海側の北限は石川県内灘海岸であるが、最近、福島県いわき市で産卵上陸が報告された。

産卵の確認されている各県下においても、実際の産卵場所はごく限られた海岸である。しかも産卵に上陸する個体数は一般にごく少数であり、年々減少していく傾向がみてとれる。1シーズンに100個体前後が上陸するとみなされる海岸はきわめて少く、徳島県の日和佐海岸、蒲生田海岸、和歌山県南部町千里浜など数か所にすぎない。かつて多数の上陸個体が観察された屋久島の現状は不明である。長崎県では島原半島や五島の産卵は過去に比べて減少し、壱岐では最近の産卵記録はまったくない。同様の現象は高知・三重・愛知・神奈川・茨域など、多くの県で報告されている。

現在国の天然記念物に指定されているのは徳島県日和佐町「大浜海岸のウミガメおよびその産卵地」(昭和42年8月16日指定)のみで、他の地点における保護対策は各地方自治体が個別に行っている。例えば和歌山県南部町では県の天然記念物、宮崎市では市の天然記念物に指定し、市や町が保護条例を制定しているところもある。これらはいずれも比較的多くの個体が毎年産卵する場所であるが、少数の個体が上陸する地点では保護策はほとんどとられていない。現状のままではおそらく個体数がさらに減少するであろう。

アカウミガメの減少は日本のみでなく、他の諸国にもみられる。減少の原因はいくつかあるが、産卵に適した海岸かしだいに少くなったことが最大の理由であろう。海岸の埋立て、工業地帯造成、護岸工事、防波堤建造などにより、カメが上陸できる砂浜が大幅に減少した。また、海岸近くにまで道路や人家が接近してきた。残った砂浜も産卵期の夏ともなれば海水浴客で夜おそくまで賑い、場所によっては廃油ボールや種々の廃棄物で汚染され、工事用の砂の採取が行われている。アカウミガメの保護は、結局は好適な産卵場所の確保にかかっているので、このような状態を放置したままでは問題は根本的には解決しない。

ウミガメの産卵には、人家や道路のあかりが全く見えない海岸が望ましい。未明に砂からはい出た幼体は、海面上の空の薄明りを目指して海に向う。つまり明るい方向へ向う性質をもっているから、人工的な照明はその妨げとなる。

アメリカでは、海岸のハイウェイの照明に集った何千匹もの幼体が、車にひき殺されたという実例がある。これは、保護に当たって留意すべき点の一つである。

アカウミガメその他のウミガメ類は広い回遊域をもっているから、その保護対策は国際的な課題として取り組まねばならない。なかでも産卵地を有する国の責任は重大であり、西部大平洋域におけるアカウミガメの主要な産卵地である日本は、もっと積極的に保護対策を講じる必要がある。

 

32)アオウミガメ Chelonia mydas japonica(THUNBERG)

アカウミガメより暖い海域にすみ、日本にやってくる数はアカウミガメよりはるかに少い。古くから正覚坊の名で親しまれてきた性質のおとなしいカメである。ウミガメ科アオウミガメ属に属す。

甲長130cm、重さ140〜180kgにもなる大形の種であるが、近年はこれより小形の個体が多くなった。これは乱獲の結果であり、多くのウミガメに共通にみられる現象である。背甲は暗褐色。アオウミガメの名は、このカメからとった油が緑色を帯びることに由来する。

沿岸の浅い岩底にすんでいるが、移動能力が大きいため、外洋でみつかることも多い。採食場所と産卵場所がかなり離れており、特定の産卵場所にはあちこちの海域から多数集ってくる。産卵場所はアカウミガメの場合と同様砂浜やサンゴ礁の海岸である。大陸の海岸よりは、むしろあまり人のすまない小さな島に有名な産卵地が多い。

アカウミガメと同様、産卵場の沖合で交尾する。交尾を終えた雌は夜間に上陸し、満潮時にも波をかぶることのない場所に前肢で浅いくぼみを掘り、ついで後肢で60cmくらいの深さの筒状の穴を掘る。10分ほどかかって100個ほどの卵をうみ、産卵が終るとその上に砂をかぶせたのち、海へもどる。これを10〜14日おきくらいに繰り返し、1匹の雌が5回またはそれ以上も産卵する。したがって1匹の雌が少くとも500個くらいの卵をうむことになる。通常、雌は2〜3年おきに繁殖する。

卵は7〜10週後に孵化し、アカウミガメと同じようにして砂からはい出た幼体は、海に向って走りだす。海に入るまでにイヌ、アライグマ、カニなどに捕食されることが多く、海に入ってからもカモメ類、タカ類、サメなどに捕食されやすい。なお、イヌやオオトカゲは卵を掘りおこして食べるという。

子ガメは最初の1年ばかりは肉食性で、魚、エビ、その他の小動物を食べるが、成長するにつれて草食性となる。浅瀬にはえるリュウキュウスガモ・ウミヒルモなどの海産顕花植物が主食である。アオウミガメの肉が美味であるのは、アカウミガメと食性が異なるためといわれる。成体は浅い沿岸地帯で生活し、ふだんは海面近くをゆっくり泳ぐが、5時間近くも潜水することができるという。産卵期以後もときおり砂浜に上陸し、日光浴をする習性がある。

アカウミガメに比べると移動能力は大きい。南大西洋中央部のアセンション島で標識放流した個体が、2,000kmばかり離れたブラジルの海岸で発見されている。小笠原で放流したカメは、1,O00〜1,50Okm離れた沖縄、伊豆諸島、千葉県で再捕獲された。この結果は海流ビンの標着結果とよく一致するという。また、標識した成体は、放流してから2年目、3年目に再び小笠原に帰ってきた。

世界的にみると、アオウミガメは太平洋、インド洋、大西洋の熱帯・亜熱帯の海域に広く分布している。日本では沖縄、小笠原、屋久島が産卵場所として知られ、これが太平洋における産卵北限である。特に小笠原は日本最大の産卵場として有名である。屋久島ではアカウミガメと同じ海岸に上陸、産卵している。沖縄近海では八重山諸島や尖閣諸島での記録が多く、西表島、黒島などで産卵する。このほか、北は神奈川県、石川県に至るいくつかの県で捕獲記録があるが、それらはいずれも亜成体で、海流による漂着記録にすぎない。

世界では最低水温20℃以上の海域を主体に分布する。太平洋海域ではボルネオ島サラワクおよびサバの沖合にある小さな島々が世界的によく知られた産卵場であるが、その周囲の南シナ海、スル海、フィリピン海域では大幅に減少している。オーストラリア北部およびグレートバリア礁には多数生息する。大西洋ではコスタリカ、カリブ海の小島、トリニダート、アセンション島が有名で、かつての大産地バハマ諸島、フロリダ、ケーマン諸島では激減した。インド洋海域ではアデン湾、モザンビク海峡、モーリシァス諸島に多く、過去に多数の個体がみられたアルダブラ諸島、セーシェル諸島では減少した。

卵を食用とするほか、肉の味がよいので成体も多数捕獲されたため、個体数は激減した。剥製としても多量に売買されている。野外の天敵は多いが、最大の捕獲者は人間である。絶滅のおそれのある世界の動物を集録したレッド・データブックでは、アオウミガメはアカウミガメとともに“生存に適した数はいるが、大きく減少し、現在も減少し続けているので重大な結果となるおそれのある”部類(黄紙)に収められている。

現在では世界各地で捕獲禁止措置がとられている。オーストラリア海域にいるウミガメの個体数がほとんど減少していないのは、クイーンズランド州政府の適切な保護対策と監視体制によるところが大きい。マレーシアでは各地にウミガメの孵化場がつくられ、成果をあげている。卵を野外の巣から集めて安全なかこいの中に移し、孵化個体は甲らがかたくなるまで飼育したのち海に放す。これは単なる自然保護というよりは、食料その他の面で役立つ有利な資源として、ウミガメを積極的に利用しようとする意図のあらわれである。

日本最大のアオウミガメの産地である小笠原諸島では、乱獲によって減少したウミガメをふやすため、明治末期から東京府の手で人工孵化放流事業を開始したが、個体数を回復するまでにはいたらなかった。現在、この事業は東京都小笠原水産センタ−によって継続され、孵化の温度条件などについても研究が進められている。沖縄では何ら保護対策はとられていないようである。ただし、石垣島と西表島の間の浅い海域は西表国立公園に含まれているから、ここでは一応保護されていることになるであろう。屋久島は山地が霧島屋久国立公園に編入されているものの、産卵場である海岸はその区域外であり、西表島も同様である。小笠原は全島が小笠原国立公園に属し、小笠原・八重山諸島の海は海中公園にも指定されている。

日本での産卵地はアカウミガメよりはるかに少く、世界的にみてもアオウミガメの産卵場としてのわが国の重要性は、アカウミガメの場合より低いといえよう。しかし、アオウミガメの産卵場は人口の少い地域にあり、そこでの環境変化はアカウミガメに比べて少いから、今後の対策も容易であり、成果も期待できるように思われる。

 

33)タイマイ Eretmochelys imbricate AGASSIZ

ウミガメ科タイマイ属に属し、ベッ甲の材料としてよく知られたウミガメである。日本では沖縄南部の一部で少数産卵するほか、暖流にのって本土の南岸にときおり漂流する程度にすぎない。しかし、日本はベッ甲製品の製造および販売に関しては世界有数の国であり、世界的にいちじるしく減少しているタイマイの国際的な保護策と関連して、多くの問題を抱えている。

ウミガメとしては小型の部類に入る。甲長60cm、体重50kg以下のものが多いが、まれに80cm、120kgをこす個体もみつかる。甲は褐色で美しい黄色の模様、いわゆるベッ甲模様がある。若いカメでは板がかわら状に重なり、これは他のウミガメには見られない特徴である。また、口先はタカのくちばしのようにかぎ形に下方へわん曲している。

太平洋・大西洋・インド洋の熱帯・亜熱帯海域に生息し、アオウミガメよりもいくぶん高温の海にすむ。おもな生息場所は餌動物の豊富な浅いサンゴ礁の海である。サンゴ礁の少ない海域では、タイマイも少ない。他のウミガメと同様に、砂浜の海岸を産卵場所として利用する。

タイマイの産卵は、毎年きまった海岸でおこなわれる。おもな産卵期は南シナ海で12〜3月、インド洋9〜11月、カリブ海5〜6月であるが、場所によってはかなりの変動がある。また、この期間以外にも上陸、産卵する個体があり、ほとんど年間を通して産卵がみられる。アオウミガメのように集団をなして産卵する例はほとんどなく、少数の雌が散発的に上陸、産卵する。

ウミガメの産卵様式は、どの種でもほぼ同じである。夜間上陸した雌は、砂に穴を掘ってその中に産卵する。ただし、タイマイはあまり大きな穴は掘らず、深さ20〜30cmで卵がやっと入るくらいの穴しか掘らない。また、ごくまれに日中でも産卵するという。卵はアオウミガメより小さく、ピンポン玉のように丸くて白い。産卵数は平均160個である。ウミガメは1回にうむ卵数が多く、そのうえ年に何回か産卵するので、爬虫類のなかではもっとも産卵数が多い。このことは、成熟期に達するまでの死亡率がきわめて高いことを示している。観察されたところによると、産卵を終えて卵に砂をかけたタイマイは、海と反対の方向に歩き出すが、これは巣穴の位置を外敵にわからぬようにするための本能的な行動であるという。

卵は50〜60日で孵化し、砂からはい出た幼体はまっすぐ海へ向う。幼体期の生活についてはほとんど不明である。東南アジアのタイマイ漁場では甲長18cm以下の個体は捕獲されないから、幼時はサンゴ礁に定着しないで浮遊生活を送っていると思われる。飼育下では1年で23cmくらいに成長する。性的に成熟するのは3歳といわれている。

タイマイは他のウミガメと違って比較的単独で生活する。泳ぎはそれほど速くない。移動性も少く、同じ場所にとどまる傾向が強い。タイマイの背甲にフジツボが付着しやすいのは、このような生活様式と関連している。肉食性で、魚類・カニ・貝類を主食とする。強固なくちばしが、サンゴ礁のくぼみにひそむ餌動物を捕食するのに役立つ。性質はかなり攻撃的である。

分布域のうち、太平洋域では南シナ海、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ニューギニアからオーストラリアにかけて広く生息する。単独生活をし、集団的に産卵しないために野外での個体数の推定は難しいが、オーストラリア周辺を除けば個体数は少い。ボルネオ島サバ州のグリサン島では多数のアオウミガメが産卵するのに対し、タイマイは月に2〜4頭しかみられない。また、スル海のタイマイ生息数はアオウミガメの1/10くらいであるという。オーストラリアのおもな生息地は、クィーンズランド州一帯とグレートバリア礁、トレス海峡の島々である。インド洋ではモザンビク海峡に多く、大西洋域ではカリブ海、ギネア湾などにみられる。かつては地中海も分布域に含まれていたが、現在ではほとんど姿を消している。

日本でタイマイの産卵場となるのは、八重山諸島の石垣島、黒島、鳩間島などである。アオウミガメが産卵する屋久島、小笠原諸島ではタイマイの産卵はなく、八重山諸島が太平洋における分布北限をなす。九州本島や本州で補獲されるタイマイは亜成体であり、海流にのって迷入したものとみなされる。日本ではタイマイの個体数を推定できるほどのデータは集っていない。

タイマイの卵は食用とされるが、肉を食用とする割合はアオウミガメに比べて低い。タイマイは分散して産卵するから一度に多量の卵が採取されることはなく、卵の乱獲が個体数減少の主因とは考えられない。

タイマイの減少した最大の原因は、装飾用として成体と亜成体が乱獲されたことにある。ベッ甲細工は古くから日本、中国、ヨーロッパで珍重されてきた。アメリカではベッ甲細工はそれほど一般的でないが、剥製の需要は多く、メキシコやアンチル諸島で多量に製作された。これらの製品は高価であるため、原材料としてのタイマイが生息地の海域でさかんに捕獲された。インドネシアを中心とする東南アジアでの年間捕獲数は、成体2万頭、亜成体2〜3万頭と推定されている。

1940年代にプラスチック製品が広く使用されるようになり、ベッ甲製品の需要は低下してタイマイは救われたかにみえたが、これは一時的な現象にすぎず、その後再び需要は増大した。レッド・データブックでは"絶滅の危機に瀕し、特別の保護がない限り生存はおぼつかない"部類(赤紙)、すなわち最悪の部類にランクされた。

現在ではカリブ海、オーストラリア、アフリカ諸国などで種々の保護対策がとられ、法律によって卵や成体の捕獲を禁止している国が多い。例えば、メラネシアのソロモン、西サモア、フィジー、トンガなどでは、禁漁期を設けたり捕獲する個体の大きさを制限したりしているほか、産卵場の保護や孵化事業を行っている。ただし、タイマイは集団的に繁殖しないから、孵化増殖計画はアオウミガメの場合ほど有効に機能していないのが実情のようである。

日本では八重山諸島海域が西表国立公園に、竹富島、黒島の周辺が海中公園に指定されている以外は、何ら保護策はとられていない。産卵場所の実態や個体数についての詳細もほとんど不明である。

 

34)エラブウミヘビ Laticauda semifasciata(REINWARDT)

エラブウミヘビは、インドネシアからフィリピン・南シナ海・台湾・琉球諸島へいたる海域に分布している。北限では、石垣島(屋良部半島御願崎)・池間島・久高島(西海岸)・与論島(フンチュ崎)・トカラ宝島(大間)・小宝島(湯泊)及び薩南の口永良部島(元村、姉待、湯向)と硫黄島(港付近、坂本、東南海岸)などに繁殖地が知られている。これらの島々を中心とし、最寒月の表面海水温がほぼ19℃以上の海域が本種の分布域である。九州本土やそれ以北の沿岸でも、稀に本種が発見されているが、これは海流によって運ばれたものであって、本来の分布海域とは解釈されない。

産卵場所は、海岸汀線近くの隆起サンゴ礁や溶岩などの間隙、狭い洞穴などで、ここは地下水や温泉流出水の海への出口となっている。特にトカラ・薩南では、知られている限りすべて、温泉の湯が流出しているところ(冬期でも水温が30〜35℃)である。このような場所の限定された環境が産卵地として選ばれ毎年利用される。

成蛇の非繁殖期の生活については、ほとんど知られていない。交尾時期は9〜10月で、産卵場の近くで観察例があり、雌雄1対のところもあるが時には数十頭が絡みついているという。産卵期はトカラ・薩南では10月中旬から12月初旬、久高島では旧暦の9月から12月である。

卵は岩の狭い隙間の奥に産まれ、その位置は汀線近くの水面より上で、湿度・温度の高いところであろうと推定される。

本種の産卵場所が地下水(または温泉流出水)の通る岩の隙間であることから、地下水や温泉の利用に関係した工事を行うときは充分な注意が必要である。また地下水汚染を防がねばならない。産卵場は自然海岸のまま残し、護岸・道路・港湾などの諸工事による岩礁の破壊・コンクリート被覆にも注意しなければならない。今のところ、環境を地下水系ごとに保全するといった保護策は行われていないようである。エラブウミヘビは、燻製にして食用としたり、皮を趣味的な財布やバンドにするため、いくつかの地域で漁獲されている。何らかのきっかけで流行が起れば産卵期の大量捕獲もありうるだろう。奄美諸島では年間5万頭の海蛇の皮が売られ、そのほとんどは奄美・沖縄諸島からのエラブウミヘビであるとの報告がある。久高島では漁獲期・漁獲地点・漁獲に当る人の資格などに厳重な制約があり、これが結果的に資源の保護につながっている。

4.まとめ

 両生類・は虫類分布調査の対象としたものは、我が国に生息する両生類とは虫類のうちで、局限された分布域や開発の影響を受け易い生活様式等のため、絶滅の恐れがあるなどの理由により、選定された34種及び亜種(両生類24、は虫類10)である。

  調査結果を総合的に検討したところ、その状況は次のようなものであった。

  調査計画段階から予見されていたことではあるが、人為の影響の大きいのは小規模な止水域を生息場所とするカスミサンショウウオ、トウキョウサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、アベサンショウウオなどの止水性サンショウウオ類で、いずれも都市化の影響を強くうけており、特にアベサンショウウオのように、平地性で分布が局所的といった種では、種の絶滅のおそれが大きい。

  山地性の種は平地性の種に比し、比較的、人為の影響をうけにくいが、森林伐採による乾燥化や道路建設、ダムエ事などによる影響で、生息地の失われる機会は少なくない。

  海浜性の種では、産卵のため砂浜に上陸するウミガメ類の産卵地が、海浜の開発や護岸などで失われつつあり、エラブウミヘビのように海岸の温泉湧泉地に産卵する種では、温泉利用の企業化で産卵地が消失する危険性が認められた。また、夕ワヤモリの生息地も、山地の場合はともかく、そこが海岸の露岸地帯である場合には、護岸工事などで失なわれる可能性が大きいといえる。

  その他、生息数に影響を与えるインパクトとしては、山岳道路による移動路の遮断や轢殺(ハコネサンショウウオなど)、農薬・路面凍結防止剤・家庭洗剤などによる水質汚濁、ゴミ投棄・残土処理などによる産卵地の消失、ゴルフ場などの建設に伴なう谷の埋立による生息地の消失などが挙げられた。

  上に挙げた環境圧とやや異なる要因として、保護を目的とした人工放流がある。人工放流は、個体数の激減した地域で、そこの個体数回復をはかるため、地先の動物を増殖して実施する場合は問題は少ないが、そうでない場合には、自然分布の攪乱や異質遺伝子群の混入という好ましからざる結果を招来するおそれがある。トウキョウサンショウウオやオオサンショウウオで、こうした事例が指摘されたが、これも重要な問題の一つといえる。

  以上のように、これらの小動物は、生息環境と生活型のちがいに応じてさまざまな形て人為の影響を受けており、キタサンショウウオ、アベサンショウウオ、オオイタサンショウウオ、タワヤモリなどのように局所的なもの、サドサンショウウオ、オキサンショウウオをはじめ、琉球列島に分布する各種のように島嶼に限定された種はもちろんのこと、ハコネサンショウウオ、モリアオガエルのように比較的広域にわたるものであってもその生息状況は安定したものとはいいがたい状態であった。

 

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