資料5.

イギリス・アメリカにおける繁殖地図調査

1.イギリス

 英国鳥学会(British Trust for Ornithology.以下BTO)及びアイルランド鳥類保護局(Irish Wildbird Conservercy.以下IWC)による繁殖鳥類分布調査の推移は、繁殖地図委員会における調査の目的とその計画の検討、5年間にわたる野外調査の実施、そして結果のとりまとめと公表という3段階にわけることができる。ここでは、この調査で採用したいくつかの手法と取り決めをその当否にかかわらず紹介し、今後の参考に供したい。尚、以下の要約文は日本野鳥の会のボランティア活動として、イギリス繁殖地図調査翻訳グループ(小沢典夫、徳武弘子、藍沢司、佐野暢子、沼里和幸)が担当したものである。

1)調査計画の立案

 本調査の目的は、ブリテン島及びアイルランドにおいて繁殖している鳥の全種類の正確な分布をできるだけ短期間に解明することであった。この目的に沿った次のような最も簡単で実行可能な手法を採用することにした。

a.野外調査期間は観察者の地理的かたよりを考慮し5年間と定めた。

b.記録の単位として、10Km四方メッシュだけを採用したが、他地域の結果や後年の結果と比較する上で好都合であると考えられる。

c.量的評価又はカウントは、行なわないことにした。個体数の把握は、多くの種類で難かしく、大変に時間がかかるため、調査の目的を損うと判断された。

 繁殖鳥の調査では、繁殖の具体的裏づけを得る必要があるが、それはなかなか困難であるため、記録のとり方を統一する目的で観察内容のカテゴリーを整理し、「繁殖の可能性あり」、「たぶん繁殖」及び「確かに繁殖」の3段階にグループ分けすることにした。(付表参照)

 必要な観察者を配置し、記録を集め、観察者からの報告を確認するといった仕事は、地域ごとに行なうのが最もよいと判断された。全体を121の地域(1地域は10Kmメッシュを平均34含む)に分け、それぞれにBTO既存の地域代表者及び追加募集した担当者を配置し、ブリテン島及びアイルランドにまたがる地域担当者(regional organizers)のネットワークをつくった。

2)記録の方法

 1966年と67年に行った予備調査の結果から、繁殖の確からしさを3段階に分けて記録するには、付表に示した14のカテゴリーを用いることにした。

 「繁殖の可能性あり」はV印、「たぶん繁殖」は覚えやすい頭文字1つ、「確実に繁殖」は頭文字2つで示すことにした。また、記録用紙には、繁殖の確からしさに応じて記入できるよう3つの欄を設けてあり、記入上の間違いを見つけ、記録をチェックする上で非常に役立った。10Km四方のメッシュは、データ処理の際は4桁数字を用いたが、観察者には、地域の特徴を表わす2文字と2桁数字を用いて表示するよう指示した。

 記録カードには、あらかじめ、既に野性化していた移入種をも含め、ブリテン島及びアイルランドに普通に繁殖していると考えられた全ての種類の名前が印刷してあった。さらに、種類の追加ができるよう余白も設けてあったが、観察者が移入種に関する記録を無視することも多く、今後はそのような種類も初めから記録カードに刷り込んでおくべきであるとの反省を得た。

 報告された記録のほとんどは、このカードによるものであり、その数は5年間に95,000枚に達した。この標準カードの他に、いくつかのメッシュを続けて旅行した時のための略式用紙も用意したが、集計に人手と時間がかかるため、略式用紙は最終年度には使用されないことになった。

 BTOニュース、“British Birds”を使って、読者に、本調査に関する情報を伝達し、読者の理解を深めることができ、調査への参加を促した。また、本調査事業の一環として、冬期には、各地の鳥類同好会に対し講習会を開いた。

 稀少種の記録に関しては、公表しても保護のために支障がない旨の関係者の了解が得られるまでは全国責任者(地域担当者を介した場合は地域担当者も含め)以外には一切見せないという条件をつけ、「秘密」と書いた別の用紙に記入して提出するよう観察者に要請した。その結果、全体の0.5%に当たる1,800件余の記録が「秘密」として提出された。これらの記録の取扱いについては、本調査の最終調整段階において提供者との間で連絡をとり、合意を得るという仕事が行なわれた。

3)データの収集

 野外調査の目的は、各メッシュごとに1968年から72年の間にそこで繁殖したすべての鳥を記録し、さらに1年ごとに繁殖の証拠をできるだけ得ることであった。このため、観察者に対しては、a)繁殖の最盛期(4月〜7月)に、メッシュ内のあらゆる環境のサンプルを選び調査すること、b)繁殖期のずれている種類もあるので、それ以外の時期にも調べてみること、c)夜行性の鳥を調べるため、夕方と夜間の調査を行なうことを指示した。

 本調査では、実際に巣を見つけることに重きはおかなかったが、これは、巣の発見やその識別ができるほど上達した観察者が少ないこと、また鳥の繁殖活動に悪影響を与えずにすむことから適当であった。

 初年度の野外調査が終った時点で、調査の手薄な地域が明らかになった。これらの地域へは熟練者を派遣し調査した。

 最終年度には、前4年間の調査結果に基づき、調査の達成度が75%以下のメッシュについては、最終時点での調査もれを防ぐよう手法が強化された。

 本調査期間中に、他に2つの全国規模の調査が行なわれ、相互にデータを交換し、調査をより完全なものにすることができた。

 調査の終盤になり、未記録のまま残っている種類のうち、見分けやすい種類についてはBBCラジオを通じて一般に情報を提供してもらった。10Kmメッシュへの振り分けなどに時間はかかるが、その結果は極めて意義のあることだった。

4)データのチェック

 野外調査の記録カード(original field card・原カード)をまとめていく過程では、次のようなデータのチェックを行なった。1)まず、地域担当者が、提出された原カードをチェックして識別や記載上の誤りを見つけながら、1メッシュに1枚ずつの基本カード(master card)に記録を写し取っていく。2)地域担当者が基本カードを作り終えると、原カードは全国責任者のところへ送られ、全国責任者は同様に1メッシュごとの基本カードを作りながら原カードのチェックを行なう。3)次に全国責任者の作った基本カードから2組のコピーをとる。1組は、地域担当者に送られ、地域担当者の基本カード(原カードのコピーがあれぱ、それも含めて)と比較してチェックされ、もう1組は郡又は地域単位の報告書監修者に送られ、ここでもう一度異常な記録がチェックされる。4)最後に、データ処理が終わってから、仮の分布図を作り、これを地域担当者に送ってチェックを行なうのである。

 以上の作業においては、地域担当者の負担が大きく、そのためのミスも多かったので、この点を改善すべきである。

5)データの処理と表示

 チェックの終わった基本カードのデータ(1メッシュごとの各鳥種についての繁殖確認段階)は、一旦磁気テープにパンチされ、コンピューターを使って1鳥種ごとの各メッシュにおける繁殖確認段階に組み替えられた後、マッピング・マシーンを使って地図に表示された。

 この最初にでき上がった分布図には、データのパンチ時のミスに起因するエラーがあるが、エラー率が0.035%以下なら、科学的には重要でないものと判断した。

 こうして、各鳥種ごとに繁殖の確からしさに応じて、3種類の大きさの点を地図上に表示した。点の打っていないメッシュには、その鳥種はいないと断定はできないが、少なくとも普通種ではないということはできる。

 最終段階においても、なお、秘密とすべき記録には、次のような特別の取り扱いがなされた。

1)繁殖を示す点を本当の繁殖メッシュから、いずれかの方向に1もしくは2メッシュずらして表示すること、2)本当の繁殖、メッシュを含む50Kmもしくは100Km四方の大きな範囲を明示してその中央に点を打つようにすること、3)地図上には点を打たないようにすること。このような取り扱いをすることにより、全体として見れば、その種の分布を正確に表わすことができたし、これらを公表することによって生じかねない卵の収集家、狩猟者、過度に気違いじみたバード・ウォッチャー、カメラ・マニアの不心得な行為も防ぎ得たものと思われる。

 報告書の中には、繁殖鳥種ごとの個体数、又は番数を記述してある。そのほとんどの種については、小規模なセンサスからブリテン島及びアイルランドの全域の総数を推定したものである。これらの数字は、各鳥種ごとの繁殖数の相対的な程度を理解するのに役立つと思われる。

6)普通種のセンサス

 いくつかの普通種については、個体数の動向を把握するため、センサスの地区を定めて、1962年より毎年3月から11月の間に8回ないし12回にわたり、同一の調査者により調査が行なわれた。観察した全ての鳥を地図上に記録して、1シーズンを通じて見た出現地点のかたまりからテリトリーの数は割り出されたが、この数は、それぞれの鳥の個体数の動向を正確に示すと考えられる。

7)最終結果の状況

 いずれの10Km四方メッシュにおいても、地域担当者が推定した繁殖種類数の75%以上が記録されており、この推定種類数がかなり大ざっぱであることを認めたとしても、他のメッシュと比較もできないくらい著しく調査のゆき届かなかったメッシュはないということはできるであろう。

8)今後のこと

 アトラス調査と同様の手法を用いた繁殖分布調査は、フランスでは1970年から、デンマークでは1971年から開始された。さらに、1971年12月に、全欧州の分布調査を実施するために、欧州鳥類地図委員会(EOAC)が設立された。EOACの調査は、18ケ国が参加し、1985年から開始されることになっており、本調査もEOACの調査に統合されることになっている。

2.アメリカ

 アメリカにおける初の大規模な繁殖鳥類調査は、連邦政府野生生物局のMigratory Bird Populations Station(以下MBPS)が1966年に実施したもので、ミシシッピー河東部のアメリカおよびカナダの585コースでカウントが行なわれた。翌年、調査地域は中西部まで拡大され、さらに1968年には、アメリカではハワイ、カナダではニューファンドランドを除く総ての州で調査が実施され、調査コースも1,174と増加した。北アメリカ全域を網羅する鳥類の繁殖状況の把握が可能となったのである。以降調査は年々行なわれているが、記録方法は初年度のものがそのまま踏襲されている。

1)調査コースの選定

 基本的な調査単位は、緯度・経度1度ずつ(約112Km×80Km)のメッシュで、その中に無作為抽出によって39.2Kmのコースが選定された。各州一様な分布でコースが選ばれるよう極力努力されたが、資格ある調査員の不足などにより、メッシュ毎のサンプル数は州によって異なった。広大な西部の州では、基本メッシュを緯度・経度2度とした。地図上にコースをおとす際、コース上のカウント地点が特別の生息環境や状況によって調査結果が片寄らないよう計画されたが、実際にはカウントは自動車を用い、道路際に限られてしまった。この為、調査は道路際の生息環境のサンプルであって、州毎の総ての生息環境を網羅してはいない。この点は、調査結果を考察するに当って常に留意されねばならない。

2)調査方法

 調査者は各州のコーディネーターによって指名推薦され、調査要綱、地図および記録用紙はMBPSより直接調査者に配布された。調査結果が調査者によって左右されることを最少限に留める為、同じ調査者が出来る限り毎年同一のコースを調査するように指示された。

 調査方法は総て画一化され、調査者は担当地区での日の出30分前丁度に調査を開始し、設定されたコース上の50カ所でそれぞれ3分間の定点カウントを行なうこととした。急カーブや停車の危険な場所の場合は、定点より160m迄は前後してよいという条件で、800m間隔の定点が選定された。定点を中心に半径400m以内で3分間に見られた鳥はすべてカウントし、声や囀りの聞かれた種類は距離のいかんにかかわらず記録された。しかし、見られたのか聞かれたのかの区別はされず、また飛翔中の鳥はとまっている鳥と同じに扱かわれた。3分のカウント時間前後に、あるいは定点間の移動の際にみられた鳥は、カウントから除外された。定点の観察時に交通や飛行機などのため過度の支障が生じた場合には、観察時間をさらに1分間迄延長することが認められた。

3)調査条件

 調査は6月中に終るよう計画されたが、カナダおよびアメリカ北部と最南部の州においては、時期を多少前後して調査が行なわれた。所定の時期からはなれて調査されたコースでは、渡り鳥が含まれてしまう恐れがあったり、繁殖する種類がまだ繁殖地に到着しない可能性もあるので、それらのコースは統計分析の対象から除外された。実験的に採用したコースを除いて、各々1回の調査が実施されたが、気象条件が原因して調査結果が変動するのを最少限に留めるための配慮がなされた。つまり、雨や霧、時速19.2Kmを越す風速の気象条件下では調査しないものとした。

4)データの記載および処理

 北アメリカ全域を14地区に分け、各地区で観察されると考えられる種類のみを記入出来る記録用紙を使用することにより、野外での調査者の便に供した。1コース5枚宛の野外記録用紙と1枚の集計用紙はMBPSへ送られ、そこで受取られたことが確認された後、地図台帳に調査コースが記入され、経験をつんだ鳥学者によって点検された。その際、調査コースが設定された地区の生態学上の層別を示すコード、同じ調査者によって実施されたコースの連続年数、そして普通コースか試験的コースかのタイプ別が追加された。調査の開始時刻が相当早すぎたり遅すぎたりした場合は、開始時刻との差を将来の参考のために記入した。気象条件も点検され、規定の条件からかなり外れた場合には、「試験的」と判定され、適当のコードで区別されるようにした。

 こうして視覚的に点検された後、集計用紙の記録は磁気テープ化され、機械的にみつけられる誤りは総て点検された。州代表者には、その州の種別の総てのデータを含む電算機の打出し表の要約と共に、各コース一覧の打出し表のコピーが送られた。

5)データの質のコントロール

 多数の調査者により変化の多い気象条件下に多くの異なった地区で集められる鳥のポピュレーション・データには、偏見の生まれる可能性が多くある。ボランティア調査者の努力を最大限生かすためにも、出来るだけ野外での調査条件を統一し、分析に使われるデータには厳密な規格を採用することが必要と考えられた。その際、コントロールの不可能な要因も存在するが、次のような幾分たりともコントロールの可能なものの手順は統一するよう試みられた。日の出時刻と関連した調査開始時刻、定点の数、各定点での観察時間、そして鳥がカウントされ得る最大距離。さらに、受け入れられる範囲での調査期間の繰上げと延長や風速、視界、雨量などに限度がもうけられた。

 データの誤りや脱落の起る機会があるのは、記録用紙から集計用紙に転記する際、編集段階で、そしてパンチカードに打たれる時などである。修正用のパンチカードが作られ、それが磁気テープのもとのデータと置き換えられる際にも、さらに誤りの起る機会があり、これらを最少限にとどめる努力がなされた。調査者は、どんな小さな誤りでも見つけたら報告するよう要請された。

6)調査結果

 広大な地域を限られた人力と方法でサンプリングして得たデータは、電算機の導入により種々の統計的解析がされ、地図化が試みられている。大陸を網羅する規模での州別、種別のコース当りの平均個体数は、各州別に各種のカウント結果を集計し、それをその州における調査コース数で割ることにより得られたものである。この数値をもとにして、繁殖分布とコース当りの個体数を示す地図化が可能となった。

 電算機による分析は、さらに生態学上の層別による大陸全体のポピュレーションの数値を得たり、複雑なポピュレーションの変動や、1968年を基にしたポピュレーション指数などを可能にした。

 

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