調査の反省点と今後の課題

 日本において全国を網羅する規模で鳥類繁殖地図調査が行なわれたのは、1978年のことで、これが唯一のものである。その結果は、205種の鳥の繁殖分布図となって、本報告書に掲載された。複雑な内容を含んだかくも大掛りな調査を短期間で実施したために、調査の全体をふりかえって反省すべき点も少なくない。5年毎に行われる予定のこの調査の改善のために、それらを次にまとめておきたい。

1.予備調査の必要性と調査期間

 今回の調査のデータ収集は現地調査を主として行なわれ、野外での最も新しい情報をもとに分布図が作製された点は、注目に値する。しかし、調査員が調査の説明をうけ、調査コースを設定し、実際に調査を行うまでの時間的な余裕が少なかったため、貴重な野外調査も最適条件下で行なうというよりは、限られた条件下で最大の努力を払って行なうという場合が多かったように思われる。もしも予備調査を行う機会が与えられ、問題点を整理した上で本調査を実施することが可能であったら、内容の濃い調査結果が得られていたであろう。予算をはじめとして企画上種々の制約はあろうが、この規模の調査としては予備調査を必要条件として計画をたてることこそ望ましい。

 第1回目の調査が短期間に実施されたため、出来上った分布図は各種の全国的分布がかなり的確にとらえられたというよりは、全国で最低限これだけの分布状況が解ったという例が少なくない。勿論、そうした結果ですら今迄に得られなかった貴重なもので相当に評価されるべきであるが、もしも本調査に数年の期間をかけることが出来ていたら、分布図の精度は最終的目標である野外での実態により接近したものとなっていたであろう。今回の第1回を「予備調査」とみなすことも出来、1983年に予定される第2回以降でその内容を改善充実していくことは言をまたない。しかし、野鳥の分布は自然や人為的影響を受けて変化しているため、最初の数年間で現実に一層近い分布図をまず作りあげ、その後の調査で分布の縮少拡大傾向、繁殖個体数の変動、自然環境との対応など、野鳥と自然の保護により必要な資料を着実に積み重ねてゆく行き方が出来れば、より良いと考えられる。ちなみに、イギリスの同種の調査では予備調査に2年、本調査に5年の期間をかけているのである。

2.調査の性格と方法の簡素化

 一口に繁殖地図調査といっても、国によって基本的な考え方、地形、植物相や動員力などに相違があるため、調査の性格や方法が異ってくる。日本の場合、繁殖期における分布について調査し、その具体的な目的が繁殖分布地図の作成であることには違いない。しかし、調査事項としては、他に個体数と生息環境の概況をつかむことがあげられた。分布調査の為には、あるコースを設定して調査するよりも、サブメッシュ内の出来るだけ多くの環境要素でなるべく多くの種類について繁殖の可能性を裏づけるデータを集めることの方が効果的である。日本の自然のようにモザイク状の複雑な地形では、サブメッシュ内ですら異った環境を総て調べつくすことはほとんど不可能に近い。又、動員力や予算の面からみても、全域調査は不可能に近いため、サンプリングによる調査を行わざるを得なかった。

 3kmのコースを設定したのは、サブメッシュを代表させる最低の調査基準とみなしたにすぎない。しかし、調査コースを設定したために定点カウントとロードサイドカウントが実施され、さらにコース周辺の環境が併せて調べられた。結果からみれば、調査項目を増やしたことは、第1の最大の主目的を果すのにマイナスに働き、ひいては調査の性格を不明確なものにした原因になったと思われる。現地調査の実施要領には、個体数の推定よりも、むしろ繁殖に関する観察例を多くすることを主体として調査することとなっていて、カウントそのものの目的はあまり明確でない。繁殖状況票には、最終的には同じサブメッシュ内の資料調査の結果も加えられたために、個体数の調査結果を有効に評価することが一層困難となった。

 一方、環境調査は、3kmのコース周辺を記録したが、それをもってサブメッシュ全体の環境を代表させるには、むしろ不充分であり、個体数調査と共に今後の調査でこれらの項目をどのように位置づけるか、慎重に検討が加えられるべきであろう。思い切った調査の簡素化が調査員の負担を軽くし、その分を主目的に集中させられる点を忘れてはなるまい。

3.調査員とデータ整理点検

 野外でのデータ収集から最後の調査結果のまとめまで、今回の調査程多くの調査員がたずさわった調査も少ない。従って、個々の調査員の識別力、観察力もさることながら、調査要領をよく理解した上での繁殖の可能性の判断と、種々の調査用紙の注意深い記入が、調査員個人個人に要求された。データのまとめとしては、手順をふんで種々の用紙に記入していけば最終成果の繁殖状況票が出来上るよう配慮されていたが、実際には調査内容が一見簡単なようで結果の整理の段階で複雑となり、手間取った調査員が多かったようである。このことが誤記入につながる原因ともなることを考えあわせると、前項でのべた思い切った調査方法の簡潔化が、こうした点からも、指摘されるのである。それは、調査に先立つ説明会の運営を円滑にし、調査方法の徹底が計りやすくなる利点にもつながるであろう。

 アメリカの調査では、観察者の約2%が誤記入している報告例がある(U. S. Fish and Wildlife Service, 1969)。今回の調査では、誤り率は記録されなかったが、単純な転記ミス等は点検の際時々みうけられた。ある程度迄の誤りは避け得ぬと思われるし、点検の際見出される誤りは比較的特殊なものに限られ、一般的な記載事項の誤りは見過される場合が少なくない点を考えあわせると、調査員と代表調査員が電算機により打出された原データの内、自身の調査担当部分を再点検出来る機会の与えられることが必要となってくる。そこに係ってくる手順、時間、予算上の問題はあろうが、貴重なデータを無効にしないために、こうした調査結果の徹底した点検による「品質管理」を次回の調査から導入する検討がなされるべきと考える。

4.稀少種の記録および公表

 第1回目の調査では、稀少種の記録方法や公表の取扱いに関しては特に何らの事前の取決めはなかった。調査説明会において稀少種の記録の扱いは慎重にするよう、調査者の側から強い要請があったのは、無理からぬことである。実際には調査段階においては稀少種も普通種と同じ扱いを受けることとなり、繁殖状況票には集められたデータの総てが記入された。一般にいって、稀少種、特に保護を加える必要があると考えられている種類は生息を確認すること自体容易でない場合が多く、その上さらに繁殖を確実に裏づける観察例を記録することはかなり困難と思われる。集められたデータが貴重であることは言をまたないが、その取扱いに対する配慮が欠けていたため、公表によりデータが悪用されるのを危倶して、調査者の側で自発的に記録を差し控えたと疑いのもたれる例もみうけられた。これは稀少種を保護する面でマイナスであり、公表の段階で慎重の上にも慎重な取扱いを受ける基準を定め、それを条件に必要な情報は最大限集めることを基本的に徹底させる必要があろう。稀少種に含まれる種類は、現状と長期的な見通しにたつて流動的に選定され、調査が回を重ねるにつれて定期的な見直しが必要となろう。

 ちなみに、イギリスの調査ではデータ収集の時点から調査者の判断で稀少種は普通種と完全に分けて秘密扱いとされ、データ収集を介した一部地域担当者の他には全国責任者以外はその情報を一斉見ることが出来ず、しかも本調査の最終調整段階で、公表しても保護のためには支障がない旨の合意を調査者との間で得るという骨の折れる仕事を完全に行っている。その上で最終的に秘密扱いとされた記録の地図化公表に際しては、実際に繁殖の記録されたメッシュの5倍または10倍(100km2)の広い範囲に拡大し、その中央部に繁殖ランクを示すか、繁殖ランクの印を、実際のメッシュからずらしてつけるか、地図上には、ランクに関する印をつけないといった表示方法をとって、鳥を保護する立場を徹底してつらぬいている。

5.分布地図の精度の向上

 本報告書に掲載された日本で初の繁殖分布地図は、1978年度の調査結果のみを基にしてつくられた。その為、分布地図そのものの精度をあげる努力を今後も続けなければならない。幸い、一度地図が出来上ってみると、例えばどの地域のどんな繁殖情報を集めるべきかが具体的な課題として浮かびあがってくるので、地図内容を充実させる作業は急速に進めることが出来ると思われる。精度向上のための重点項目を次に整理しておく。

 1)繁殖はすでに既知の事実であるが第1回調査で記録もれとなった種類の情報を集める。

 2)主要分布域から極端に飛び離れている結果を再確認する。

 3)繁殖可能性ランクの低い結果の得られた種類に関して、上位ランクへと判定できる情報を集める。特に「囀り」の概念そのものを検討し、囀りと認めるかどうかの統一見解を得ること。その結果をもって、第1回調査で観察コード60でBランクの判定をCランクヘ落された種について再検討する。逆に、囀りを明らかにもたない種類の判定基準をそろえる検討を行なう。

 4)データの集めにくい種類についての集中調査を行うこと。特に、

   a.主に夜間活動する種類

   b.調査しにくい特定の種類、特に島嶼に棲む種類

   c.生息が認められながら、繁殖の裏付けとなるデータのとりにくい種類

   d.繁殖期が特に早い又は遅いために、調査期間とあわずに記録がもれてしまう種類

 5)未調査のサブメッシュを調査する

6.電算機によるデータの集計と解析

 1978年度の調査の計画及び実施の段階では、調査結果を磁気テープに収納し集計および解析を行うことは予定されていなかった。従って、長期展望にたっての鳥類繁殖情報収集管理のシステム設計が後手にまわったことは否定できない。第1回調査に限っては、繁殖状況票および環境調査票の結果は一応結果通り磁気テープ化され、単純集計のみが行なわれた。電算機によるデータ処理が今後も行なわれるとの予想で、次にあげる2点はこれからの調査の前に検討されるべきと考える。

 1)電算機利用を想定した上でのデータ収集と結果のまとめを有効に行えるよう、第1回調査の結果をも含めて調査の記録方法を再検討すること。何の目的のためにはどのようなデータであるべきかを明確にし、集計解析に耐え得る質をもったデータだけを磁気テープに収納すべきである。

 2)電算機による集計解析にあたっては、収録されたテータの質および解析の限界を充分配慮すること。特に、自然環境保全基礎調査の他の分野の結果との総合解析を行う際には、この点が極めて重要であると考えられる。原データそれ自体のもつ意味あいを越えて解析や考察がなされる危険性を極力排除する努力を怠ってはなるまい。

7.冬鳥分布調査と国際協力――将来へ向って――

 鳥類の分布調査の内、繁殖する鳥類の調査は繁殖環境の保全がその種の保護に直接大きく貢献するため極めて大切であるが、それと等しく大切で見逃してならないのは、日本で冬を越す鳥の分布調査である。後者は今回の調査の範囲を逸脱するが、この二つの調査は互いに補完しあって鳥類の保護上貴重な基礎データとなるため、冬鳥分布調査の必要性をここに簡単に言及しておきたい。

 こうした分布調査は、最近の傾向として各国で盛んに実施されるようになり、ヨーロッパでは1985年から18ケ国が参加する国際調査が計画されている。もしもアジアにおいて同様の国際協力にもとづく分布調査が行なわれるとしたら、今回アジアで初めての全国規模の鳥類繁殖分布地図を完成させた日本の環境庁がリーダーシップをとって進めるのが順当であろう。野鳥は人間の定めた国境を認知せず渡りを行う国際市民であり、その分布を調べることは日本国内の問題に留まらない点を認識し、鳥類分布調査の国際的視野でのとりくみ方を今後の課題として最後にあげておく。

 

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